「悪魔の証明」の由来

語義

悪魔の証明」という言葉がある。現在では、消極的事実の証明の困難をいうための比喩として使用されることも多いようであるが*1、元来は、所有権の証明が困難であることをいうための比喩として用いられてきた言葉である。f:id:hakuriku:20180916223926p:plain:w150:right

例えば、アメリカの標準的な法律辞典である『ブラック法律辞典』(Black's Law Dictionary)は、2004年の第8版から、この言葉を載せるようになったが、後者の意味しか載せていない*2

淵源

それでは、所有権の証明における困難とは何か。人から物を譲り受けたという事例を想定すると、その所有権を証明するには、(1)前主から適法に所有権を譲り受けたこと、(2)前主が所有権を有していたことを証明しなければならない。多くの場合、(1)の証明は容易であろう。しかし、(2)を証明するには、(2A)前主がその前主から適法に所有権を譲り受けたこと、(2B)前主の前主が所有権を有していたことを証明しなればならない。そして、(2B)を証明するには、同様に、前主の前主の前主の所有権が問題となる。時効取得や無主物先占など、承継取得以外の原因により所有権を取得した者が生じるまで、無限後退に陥ってしまう。「悪魔の証明」とは、このような困難を称して使われる言葉である*3

この用語は、中世のローマ法学者が、古代ローマ法の解釈において使い始めたものである*4。すなわち、『悪魔の証明』であった所有権証明の困難を救済するため、ローマ法では、占有特示命令(interdictum)やプブリキアナ訴訟(actio Pubuliciana)などの制度が発展したと論じるのである*5

そして、この用法は、近代法の文脈においても現役である。占有の権利推定(民法188条),占有訴権(民法197条以下),取得時効(民法162条)、不動産登記(民法177条)等の制度は、ローマ法において「悪魔の証明」と呼ばれた所有権証明の困難を解消するために用意されたものであるなどと説明されることは少なくない*6

米国ルイジアナ州では、現在でも、ローマ法における「悪魔の証明」と同様の証明の困難が存在するようである。「悪魔の証明」を解消するため、プブリキアナ訴訟を復活させようという議論が真剣になされている*7。また、現行日本法においても、「悪魔の証明」という事態は、理論上の問題として残存している。通説的な要件事実論は、この問題を解消するため、所有権の有無に限って権利自白を認めるなど、例外的な対応を強いられている*8

異説

もっとも、以上の「悪魔の証明」の理解に関しては、いくつかの異説があるので注意が必要である。異説にには、大きく分けて、(1)所有権の証明が、どのように困難であったかということに関するもの、(2)所有権の証明が、実は困難ではなかったと論じるものの2種類がある。

第1の類型では、「悪魔の証明」とは,所有権の証明にあたり,「古く時代を遡り,また時として家庭内の不和や近隣との軋轢などをも暴露・証明しなければならないこと」であるとする山口俊夫編『フランス法辞典』の見解がある*9。辞典の解説なので、どこかに典拠があるのであろうが、現在のところ、裏付けとなる文献は見つけられていない。

また、ポラックとメイトランドは、イギリス法上、不動産権の回復を求める訴訟において*10、被告は、原告に「神の証明」(probatio divina)を強要することができたが、それは教会法のいう「悪魔の証明」のごとく恐れられていたと記述する*11。この文脈における「神の証明」、「悪魔の証明」が何を意味するのか定かでない*12

第2の類型では、有力な学説として、古代ローマ法における所有権の証明は特に困難なものでなく、「悪魔の証明」に関する中世のローマ法学者が理解は誤りであったとするものがある。曰く、通常の訴訟とプブリキアナ訴訟とで立証の困難に差異はなかった、古代ローマ法には証拠法に関する規則が存在しなかった、ローマ法は自由心証主義であったなどとするのである*13。もちろん、そうであるからといって「悪魔の証明」という言葉の意味自体が変わってくるわけではないが、この語の使用にあたって、特に注意しておくべき点である。

また、ジョロウィッツは、ローマ法には、所得時効の一種である使用取得(usucapio)という制度があったため、所有権の証明において、他のシステムにおけるような「悪魔の証明」という事態は生じなかったとする*14。もっとも、この点については、ローマ法上、使用取得の適用には厳格な制限があったから、「悪魔の証明」という事態が生じたという説明もされるところであり、それほど気にしなくてよいと思われる*15

語源

最後に、「悪魔の証明」の語源について取り上げたいと思う。所有権の証明が、非常に困難な証明であるとして、そこで法律とは縁のなさそうな「悪魔」なるものが、どうして出てこなければならないのか。この点について明確な説明をしている文献は、なかなか見つけることができない。

おそらく、常識的に考えて何となく雰囲気が分かるからであろう。例えば、ジョロウィッツは、「probatio diabolica」(悪魔の証明)の言い換えとして、「diabolical」(悪魔的、極悪非道、不愉快)な証明という表現を用い、「悪魔」の意義について常識的な理解を示す*16。また、悪魔が、我々に難しい証明を要求し、証明することができなければ、魂を奪うなどと脅しているような場面を想像することもできようか。

ところが、シュッツは,「悪魔の証明」の由来は、「中世の奇蹟劇では,悪魔が,ある魂を自分の物であると証明しようとして、たいていは失敗していた」ことにあるという見解を示す*17。意味がわかりにくいが、中世の宗教劇には,悪魔に魂を売り渡してしまった人がいて,それを取り返そうとキリストなり,聖人なりが悪魔と論争し,悪魔が負けて「めでたしめでたし」というようなものがあったということであると思われる。

そうすると、我々が、悪魔から恐ろしい証明を要求されているのかと思っていたところ、実は,証明責任を課されていたのは悪魔の方であったというオチになるなのであろうか。
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*1:この点については、別に2007年5月6日付け拙稿「悪魔の証明と消極的事実の証明」で論じることになろう。

*2:"probatio diavolica" Def. Black's Law Dictionary. 8th ed. 2004. cf. Black's Law Dictionary. 7th ed. 1999, P1220.

*3:兼子一「推定の本質及び効果について」(法学協会雑誌・55・12・1)・28頁,藤原弘道「占有の推定力と訴訟上の機能」(司法研修所論集・39・17)・24頁,齋藤秀夫『民事訴訟法概論』〔新版〕・301頁,吉野悟『ローマ所有権法史論』・223頁, 加藤雅信『新民法体系Ⅱ』・240頁,クリンゲンベルク『ローマ物権法講義』(瀧澤栄治訳)・77頁,Windscheid, Bernhard. Lehrbuch des Pandektenrechts. 6. Aufl. Frankfurt a.M. , 1887, P670, §196 n.3, Yiannopoulos, Athanassios N. Property. Louisiana Civil Law Treatise; Vol. 2, 4th ed, St. Paul, Minn. : West Group, 2001, §256, 257, Ourliac, Paul, et al. Droit Romain et Ancien Dorit. Vol. 2, Paris : Presses universitaires de France, 1957, P279, P301.

*4:田中整爾『占有論の研究』・84頁,前掲齋藤・301頁,クリンゲンベルク『ローマ物権法講義』(瀧澤栄治訳)・77頁,Diósdi, Gyórgy. Ownership in Ancient and Preclassical Roman Law. Budapest: Akademiai Kiado, l970, P161 (佐藤篤志ら訳・251頁), Hausmaninger, H, et al. Römisches Privatrecht. 2. verb. Aufl. PP189-190. Yiannopoulos, Athanassios N. Property. Louisiana Civil Law Treatise; Vol. 2, 4th ed, St. Paul, Minn. : West Group, 2001, §256, 257, Schuz, Fritz. Classical Roman Law, Oxford : Clarendon Press, 1951 ;1954 printing , P369, Ourliac, Paul, et al. Droit Romain et Ancien Dorit. Vol. 2, Paris : Presses universitaires de France, 1957, P279.

*5:田中整爾『占有論の研究』・83頁,90頁,吉野悟『ローマ所有権法史論 』・223頁,クリンゲンベルク『ローマ物権法講義』(瀧澤栄治)・77頁,Windscheid, Bernhard. Lehrbuch des Pandektenrechts. 6. Aufl. Frankfurt a.M. , 1887, P670, §196 n.3, Diósdi, Gyórgy. Ownership in Ancient and Preclassical Roman Law. Budapest: Akademiai Kiado, l970, PP154-155, P161 (佐藤篤志ら訳・243頁,252頁), Hausmaninger, H, et al. Römisches Privatrecht. 2. verb. Aufl. PP189-190. Yiannopoulos, Athanassios N. Property. Louisiana Civil Law Treatise; Vol. 2, 4th ed, St. Paul, Minn. : West Group, 2001, §256, 257,Snyder, David V. "Symposium: Relationships among Roman Law, Common Law, and Modern Civil Law: Possession: A Brief for Louisiana's Rights of Succession to The Legacy of Roman Law." Tulane Law Review 66(1992): 1853, 1873, Ourliac, Paul, et al. Droit Romain et Ancien Dorit. Vol. 2, Paris : Presses universitaires de France, 1957, P301.

*6:前掲兼子・28頁,川島武宜民法I』・110頁,田中整爾『占有論の研究』・55頁,101頁,104頁,前掲齋藤・301頁,内田貴民法I』〔第2版補訂版〕・339頁,396頁,前掲加藤・240頁,249頁,259頁,徳岡由美子「不動産明渡訴訟」(民事要件事実講座第4巻・3頁)・6頁, Brochu, François. "Le Système Torrens et la Publicité Foncière Québécoise." McGill Law Journal. 47(May, 2002): 625, 654, cf. Ourliac, Paul, et al. Droit Romain et Ancien Dorit. Vol. 2, Paris : Presses universitaires de France, 1957, P241

*7:Nichols, Douglas. "The Publician Action" Tulane Law Review 69(1994): 217.

*8:司法研修所編「民事訴訟における要件事実」(第1巻・増補)・4頁参照。

*9:山口俊夫編『フランス法辞典』・460頁。

*10:正確には、13世紀までに完成したイギリス普通法において、土地に対して単純封土権(fee simple)を有する者が、その不動産権が侵害されたとして提起する単純封土権権権利訴訟(writ of right)のことである。

*11:Pollock, Sir Frederick, et al. The history of English law before the time of Edward I, Vol. 2, Cambridge : University Press ; Boston : Little, Brown & Co, 1895, 2 vols. P63.

*12:「神の証明」とは、神明裁判のことかとも思われるのであるが、神に誓いをかけることではないかと思わせる傍証もある。他方、最近の日本の著作には、ローマ法上の「悪魔の証明」と同じ意味で「神の証明」という言葉を用いるものがある(津島一雄「真正なる登記名義の回復のための登記手続(中)」(金融法務事情572号8頁)・11頁・注6)。また、ホウムズも、教会法上の「悪魔の証明」については触れているが、その記述は、ローマ法上の「悪魔の証明」と同じ意味で理解したとしても矛盾しない(Holmes, Oliver Wendell. The common law. Boston : Little, Brown, 1881. P210.)。

*13:吉野悟『ローマ所有権法史論』・222頁以下,Diósdi, Gyórgy. Ownership in Ancient and Preclassical Roman Law. Budapest: Akademiai Kiado, l970, P154 et seq. (佐藤篤志ら訳・242頁以下),。

*14:Jolowicz, Herbert F. Historical introduction to the study of Roman law. Cambridge [Eng.] : University Press, 1939, P156. ここでいう「他のシステム」が、ローマ法以外の体系をいうのか、ローマ法における他の所有権取得原因をいうのかは判然としない。

*15:Schuz, Fritz. Classical Roman Law, Oxford : Clarendon Press, 1951 ;1954 printing , P369.

*16:Jolowicz, Herbert F. Historical introduction to the study of Roman law. Cambridge [Eng.] : University Press, 1939, P156.

*17:Schuz, Fritz, Classical Roman Law, Oxford : Clarendon Press, 1951. Rpt. 1954. P369. なお,この見解の根拠は不明である。同書の脚注(P380)には,参考文献として,Windscheid, Bernhard. Lehrbuch des Pandektenrechts. 6. Aufl. Frankfurt a.M. , 1887, P670, §196 n.3が掲げられているが,当該文献に語源に関する記載はない。

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