強制通用力に関する疑問
0.問題の所在
通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律7条によれば,硬貨は,同種20枚を越えた場合に強制通用力を有しない。この規定から,以下のような解説がなされることがある。
- お店は,同種20枚以内の硬貨又は紙幣による支払いを断ることができない。
- お店は,同種20枚を越える硬貨による支払いを断わることができる。
確かに,これら解説は,一般論としては正しいのかもしれない。しかし,これらの命題が妥当しない場面というのもあるように思え,この点について,以下で検討してみたい。
1.契約自由の原則
まず,第1の「お店は,同種20枚以内の硬貨又は紙幣による支払いを断ることができない。」という点についての問題点を指摘する。
そもそも,強制通用力とは,「金銭債務の支払手段として強制的に通用する効力」のことである。つまり,強制通用力の前提として,金銭債務が存在しなければならない。したがって,債権債務関係がなければ,この強制力が働く余地は全くない。
これに対し,店には,原則として「契約締結の自由」があり,何の理由もなしに販売を拒否することができる。つまり,契約の成立,債権債務関係の成立自体を拒否する権利を有する。
したがって,店は,一万円札を持ってきた客に対しても,販売自体を拒否することにより,一万円札の強制通用力にも関わらず,その支払い(販売)を断ることができるのである。偽札に対処するため,「高額紙幣による支払いはお断りしています。」と掲示するのが典型例である。
2.売買契約の成立要件
もっとも,例えば,レジに商品を持っていった時点で,店と客との間には売買契約が成立するとすれば,その時点以降,客は金銭債務を負うことになり,前節の議論は妥当しなくなる。そこで,いつの時点から,客が金銭債務を負うかが問題となる。
まず,売買契約が成立するには,売主の「申込」と買主の「承諾」が合致が必要である。そして,一般には,店による商品の陳列行為は「申込の誘引」に過ぎず,客が,購入の意思表示をすることが「申込」であるとされる。したがって,客が,レジに商品を持って行くだけでは「申込」に過ぎず,売買契約が成立するには,店が,これに対して販売の意思表示を行うことにより「承諾」を行う必要がある。
それでは,例えば,レジ係の店員が「300円になります。」などと応じれば,「承諾」がなされたと言えるのであろうか。普通に考えれば,相互の意思表示が合致している以上,「承諾」はあったと考えるのが論理的であろう。
しかし,この思考は,やや形式的すぎるようにも思う。例えば,契約書を交わすような契約でも,それに先だって口頭での意思表示の合致があるのが通常であるが,契約成立の時期は契約書を交わした時期と解釈するのが妥当な場合もある。これは,後で契約書を作成することが前提である以上,口頭での意思表示は最終的な意思表示ではないと説明できる。
これと同様に,後に物と貨幣の同時交換が予定されている店頭での売買の場合,口頭での意思表示は最終的な意思表示ではないと意思解釈すべき場合もあるのではないだろうか。そうだとすると,契約の成立を前提とする強制通用力の働く余地はないことになる。
学説においても,この種の「現実売買」においては,「債務不履行は観念されない。」などとして,債権債務関係の存在を否定するかのような言い方がなされる。また,「現実売買」を,物権契約と考える見解においては,当然に債権債務関係は生じない。
要するに,その場の具体的状況に応じて,売買契約が成立しているのであれば,強制通用力が働く余地があるが,売買契約が成立していないのであれば,強制通用力は何ら問題にならないのである。
3.信義誠実の原則
また,契約が成立していたとしても,強制通用力が無条件で有効になるわけではない。契約関係にある両当事者は,信義誠実の原則に従って,契約を履行する法的義務があるからである。
あまり実例は考えられないのだが,少額の商品に対し,高額紙幣を提示して釣り銭を強要することが、信義則上許されない可能性があることが指摘されているのである。
4.有効な弁済の提供
次に,冒頭第2の「お店は,同種20枚を越える硬貨による支払いを断わることができる。」という点についての問題点を指摘したい。
もちろん,これまで指摘してきたように,強制通用力は債権債務関係が前提であるから,契約関係等がなければ,「同種20枚を越える硬貨」であるかに拘わらず,原則として,店は販売自体を拒否することができる。したがって,ここでの問題は,客が金銭債務を負っている場合についてである。
さて,強制通用力が,「金銭債務の支払手段として強制的に通用する効力」であることは,先に説明したとおりであるが,ここで「強制的に通用する。」ということの民法上の意味は,常に「有効な弁済の提供となる。」ということである。
一般に,債務者は,有効な弁済の提供を行うことにより,相手がその受領を拒んだとしても,自己の義務を果たしたことになる。したがって,客は,強制通用力ある貨幣を示すことにより,店が受け取りを拒んだとしても,商品の引渡しを要求することができる。
そして,ここでのポイントは,強制通用力ある貨幣の提示が,常に有効な弁済の提供となるとしても,逆は真ではないということである。つまり,強制通用力ある貨幣の提示以外の方法であっても,有効な弁済の提供となる場合がある。
実際,判例は,郵便為替・振替貯金払出証書・銀行の自己宛小切手などの提供が,場合によって,金銭債務の有効な弁済の提供となることを認めている。ここでは取引慣行や支払いの確実性などが考慮対象とされているようである。
そして,支払いの確実性を言うのであれば,21枚の硬貨は郵便為替等より遙かに支払いの確実性があるはずである。もちろん,通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律が,計数の手間から,硬貨につき強制通用力20枚に限った趣旨は尊重すべきではあろう。しかし,21枚の硬貨を数える手間と小切手を現金化する手間とではどちらが少ないであろうか。あるいは,21枚の効果を計量しやすいように,10枚づつ小分けにして提示した場合はどうであろうか。
要するに,これは契約の解釈の問題である。抽象的に観念される純然たる金銭債務は,強制通用力ある通貨によらねば有効な弁済の提供にならないとしても,具体的な特定の契約における金銭債務は,取引慣行や当事者の合理的意思に照らして,強制通用力のない支払い手段であっても,有効な弁済の提供となる場合があるはずである。
5.再び信義誠実の原則
さらに,21枚や22枚のように,20枚をわずかに超す程度の硬貨であれば,強制通用力の不存在を理由に,受け取りを拒否することが,具体的状況によっては,信義誠実の原則に反する場合もあろう。
この点,判例は,債務額にわずかに足りない金額を示した場合であっても,有効な弁済の提供となるとしている。そうすると,21枚の硬貨は,債務額にわずかに足りない20枚+無意味な1枚とみなすこともできるはずである。
そうすると,当事者の合理的意思と信義誠実の原則,通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律の趣旨を総合考慮して,契約関係がある場合であっても,同種20枚を越える硬貨による支払いを断ることができないこともあるのではないだろうか。