大阪高等裁判所平成14年1月25日判決

大阪高等裁判所平成13年(ネ)第2847号損害賠償請求控訴事件,原審・神戸地方裁判所尼崎支部平成12年(ワ)第781号)

主文

1 本件各控訴に基づき,原判決を以下のとおり変更する。

(1) 被控訴人は控訴人Aに対し,金2595万4927円及び平成11年9月14日以降支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2) 被控訴人は控訴人Bに対し,金13万2000円及び平成11年9月14日以降支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3) 控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

2 本件附帯控訴を棄却する。

3 附帯控訴を除く訴訟費用は第1,2審を通じて,控訴人Aと被控訴人との間に生じたものはこれを5分し,その1を被控訴人の,その余を控訴人Aの負担とし,控訴人Bと被控訴人との間に生じたものはこれを5分し,その2を被控訴人の,その余を控訴人Bの負担とし,附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

4 この判決は,第1項の(1)及び(2)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判

1 控訴人ら

(1) 原判決を以下のとおり変更する。
 被控訴人は,控訴人Aに対し金1億1386万6158円,控訴人Bに対し金31万円及び,これらの各金員に対する平成11年9月14日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2) 本件附帯控訴を棄却する。

(3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

2 被控訴人

(1) 原判決を以下のとおり変更する。
 控訴人らの請求をいずれも棄却する。

(2) 本件各控訴をいずれも棄却する。

(3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2 事案の概要

(1) 本件は,控訴人らが被控訴人に対し,「被控訴人が普通乗用自動車で,信号機の設置されていない本件事故現場の交差点を左折する際,左後方に対する注意を怠る等したため,同車を左後方から直進して来た控訴人A運転の自動二輪車に衝突させて,同自動二輪車を損壊するとともに,控訴人Aに重傷を負わせた。」旨主張し,控訴人Aに関しては自賠法3条に基づき,控訴人Bに関しては民法709条に基づき,その損害の賠償を求めている事案である。
なお,控訴人Bは,控訴人Aの叔父であり,控訴人Aが乗っていた自動二輪車の所有者として,その価格の賠償を求めている。

(2) 原判決は,「控訴人Aは,通行を禁止された路側帯を,前方注視を怠った状態で進行していたのであるから,本件事故について大半の責任がある。しかし,被控訴人の側にも,渋滞の際,控訴人Aのような運転をする者が少なくなく,予見できない状況とはいえない以上,左折に当たり,自車をできる限り左に寄せて走行させるとともに,左後方に対する注意を尽くすべきであるのにこれを怠った過失があり,3割程度の過失が認められなければならない。」旨判示し,7割の過失相殺をした。
(3) 控訴人らは,7割の過失相殺がされたことを不服として,本件控訴に及び,被控訴人も自己の側に過失はないとして附帯控訴に及んだ。

2 前提事実(争いのない事実等),争点及び当事者の主張は,以下に付加訂正するほか,原判決の事実及び理由,第2の1,2記載のとおりであるから,これを引用する。

(1) 原判決2頁23行目文末に「なお,控訴人車の所有者は,控訴人Aの叔父の控訴人Bであった。」を付加する。

(2) 原判決2頁19行目,同4頁15行目の各「路側帯部分」をそれぞれ「車道外側線部分」と,同4頁19行目,26行目の各「路側帯」をそれぞれ「車道外側線」と,同頁26行目から同5頁1行目にかけての「左路側帯」及び同5頁1行目,同6頁3行目の各「路側帯」をそれぞれ「車道外側線の左側」,同5頁20行目の「開姶した」を「開始した」と各改める。

3 控訴人らの控訴理由

(1) 原判決が「控訴人Aが,通行の禁止された路側帯を通行していた。」旨認定したことが誤りであること

ア 道路交通法2条1項3号の4は,路側帯を「歩行者の通行の用に供し,または,車道の効用を保つため,歩道の設けられていない道路または道路の歩道の設けられていない側の路端寄りに設けられた帯状の道路部分で,道路標示によって区画されたものをいう。」と規定している。

イ 控訴人Aが進行していた道路の左側には歩道が存在するので,第1車線の車道外側線の左側部分も車道である。したがって,控訴人は,車道左端を進行していたに過ぎないから,何ら過失はなく,原判決には明らかな誤りがある。

(2) 原判決が「被控訴人が本件交差点手前約25.7メートルで左折の合図をした。」旨認定したことが誤りであること

ア 運転者は,左折の際に,その合図をするとともに左後方を確認し,安全であれば直ちに車道左端に車を寄せる。原判決は,被控訴人が左折の合図をする前,走行車線左端に車を寄せたことを不自然とし,被控訴人の左後方の確認に関する供述が信用性に乏しいとの正しい認識を示しながら,上記認定を行ったことには矛盾がある。

イ 道路交通法上要求された交差点手前30メートルの地点で左折の合図を行う者はほとんどおらず,10ないし15メートルの地点で合図をするのが通常である。控訴人Aが,左折を開始する被控訴人に,交差点の手前10.7メートルの地点で気付いている点から考えても,被控訴人が15メートル手前で合図をしたものと推認できる。

ウ 以上のとおり,被控訴人は,交差点の直前で左折の合図を出し,やや急角度で左折進行したものであり,過失のあることが明らかである。

(3) 原判決が「控訴人Aの自動二輪車の速度は40キロメートルを超えていた。」旨認定したことが誤りであること

ア 原判決が,上記認定に至ったのは,被控訴人車との衝突の衝撃が相当大きく,停止距離も長いと考えたためである。

イ しかし,被控訴人車との接触程度の軽い衝突しかなく,制動距離が伸びたのは,控訴人Aが自動二輪車から振り落とされたことに原因がある。

ウ したがって,控訴人Aに速度オーバーの事実は認められない。

(4) 上記のとおり,本件事故は,被控訴人側の一方的過失によりもたらされたものであり,仮に,控訴人Aの過失が認められるとしても,その割合が20パーセントを超えることはない。

4 被控訴人の附帯控訴理由

(1) 被控訴人は,左折を行うに当たり,合図を出して十分な減速を行い,車をできる限り左に寄せて,左側後方に十分な注意を払って左折しており,本件事故に対して全く責任がない。本件事故は,控訴人Aが狭くて危険な道路の左端を猛スピードですり抜け,先行する被控訴人車を左側から追い越そうとした無謀運転から生じたもので,その原因は全て控訴人Aの側にある。にもかかわらず,原判決が,自賠法3条但書の免責を認めなかったのは明らかな誤りである。

(2) 原判決は,控訴人Aの労働能力喪失率を90パーセントとしているが,実質的な労働能力の喪失は79パーセントとされるべきである。また,男子全年齢平均賃金額を基礎収入として採用しているが,控訴人Aが,このような年収を得られる蓋然性はなく,事故時の年収を基礎とするのが公平である。さらに,後遺障害慰謝料についても大阪地方裁判所の基準と比較し過大である。したがって,被控訴人の請求が一部認められる場合でも,認容金額を減額しなければならない。

第3 当裁判所の判断

1 本件事故態様,過失相殺割合について

(1)(ア) 被控訴人は,本件事故前後の状況につき,概略,以下のとおり説明している(原審における被控訴人本人尋問の結果(陳述書(乙2)を含む。))。

a 本件事故現場周辺は,渋滞していたので,ノロノロと自転車が走る位のスピードで,走行していた。

b 国道43号線は,左側から単車が来ることが多いので,本件交差点の約30メートル手前で路側帯の線(車道外側線のこと)の左まで車を寄せて,左折の合図を出した。その際,ドアミラーと目視で左後方の安全を確認したが,後方から来る単車等はなかった。

c その後,左折先の道路が狭く,曲がり口の向かい側にはC車が止まっていたので,歩行するよりも遅い速度まで減速したうえ,左ドアミラーと目視で再度,左後方の確認をしたが,単車等は見あたらなかった。そこで,可能な限り車を左に寄せて左折を始めたところ,左前方で「ポン」と小さな音がした。

d 不審に思い車から降りると,控訴人Aが,C車の手前2メートル位の路上に倒れていた。

(イ) 一方,控訴人Aは,概略,以下のとおり説明している(原審における控訴人A本人尋問の結果(陳述書(甲23)を含む。))。

a 本件事故当時,走行車線が渋滞していたため,路側帯(車道外側線の外側のこと)をゆっくりと走行していた。速度は,約35キロメートル程度で,40キロメートルを超えることはあり得ない。

b 走行車線は,相当渋滞しており,車間5メートル程度で車が数珠つながりの状態であった。

c 本件交差点の約10.8メートル手前で,被控訴人車が左折し始めるのに気付き,必死でブレーキを掛けたが,その後の記憶はない。気が付いたときには仰向けに路上で倒れていた。

d 被控訴人車の左折の合図には全く気付かなかった。仮に,被控訴人が事前にウインカーを出していたのであれば,後続車に遮られ見えなかったのだと思う。被控訴人が左に車を寄せていれば,ウインカーに気付いたし,被控訴人車が左折する際に,巻き込まれることもなかったと思う。

イ ところで,実況見分調書(甲2ないし4)及び見積(請求)書(乙1)によると,次の事実が認められる。

(ア) 本件事故直後,本件事故現場の路上には,約4メートルにわたって控訴人車によるものと認められる擦過痕が残っていた。

(イ) 本件事故のため,控訴人Aは重傷を負ったが,関係各車両の損傷は比較的軽微であった。ちなみに,①控訴人車の外形上の損傷は,左バックミラー折損,左ステップ擦過等であり,②被控訴人車の損傷は,左前バンパー,左前フェンダー及び左ヘッドランプの各損傷,③C車の損傷は右前泥除け部の凹損にとどまっている。

(ウ) 最終的に,控訴人Aは,C車の手前の路上に投げ出され,控訴人車はC車からやや離れたところに転倒した状態であった。

(ア) 上記イの事実から考えると,控訴人車は,被控訴人車に接触する直前,左に傾きながら,路上に左ステップを擦りつけながら滑走し,被控訴人車の左前バンパーに接触した後,C車の右前泥除け部に衝突したものと認められる。

(イ) そして,実況見分調書(甲2)に添付された別紙「交通事故現場見取図」に記載された被控訴人車の進路及び擦過痕の位置,前記認定の控訴人車と被控訴人車との接触の部位やその態様,被控訴人車の損傷状況などに照らすと,被控訴人車が左後方からの単車等の接近に備え,被控訴人が述べるほど十分な左寄せを行っていたとは到底認められず,むしろ,交差点の手前約5メートルの地点で,第1車線内から左折をはじめたものと認められる。

(ウ) また,被控訴人は,陳述書(乙2)において,「ウインカーを出した際及び左折の際に,いずれも左ドアミラーと目視で左後方を確認した。」旨説明しているが,原審における本人尋問では「ウインカーを出す際及び左折を開始する際,サイドミラーのみで左後方の確認をしたが,その後は確認していない。」と供述している(原審本人尋問調書28ないし34項)。このような点からすれば,被控訴人が,左後方から単車の来る危険を認識して,十分な後方確認を行っていたとは考えがたい。

(ア)a 上記ウで検討したところによれば,被控訴人の上記ア(ア)の説明中,本件事故の直後に行われた実況見分時における指示説明と異なる部分は,後にする単なる弁解にすぎず,たやすく信用できない。

b しかし,本件交差点の中央部から約30メートル手前で左折の合図を出し,かつ,低速で走行していたという部分については,当時の交通状況及び本件事故態様とも合致し,実況見分時点から供述が一貫しているので,信用できるものと考えられる。

c なお,控訴人らは,「左寄せをしていないのに,左折の合図を早い時点で出すのは不自然である。」旨主張するが,当時の渋滞した交通状況を考慮すると,追突等を避けるため早目に左折の合図を行ったとしても不自然とはいえない。

(イ)a 一方,控訴人Aの上記ア(イ)の説明には特に不合理なところはなく,大筋で信用できるものと考えられる。

b 被控訴人は,「控訴人Aは,制限時速をはるかに超える速度で,左後方から被控訴人車の追い越しを図ったものである。」旨主張する。しかし,前記のとおり,被控訴人が左後方の確認を十分に行ったとはいえない以上,控訴人車を見落としたとしても不自然ではないから,控訴人車が突然急接近してきたとはいえず,控訴人車の急接近を前提とする立論は採用できない。また,本件の場合,控訴人車は普通自動二輪車であり,衝突前に滑走等した可能性が高いから,自動車の場合と同視して,制動距離等から速度を推測し,制限時速を超えていたと断定することはできない。したがって,被控訴人の上記主張は採用することができない。

(ア) ところで,控訴人Aが車道外側線の左側部分を走行していたことは,同控訴人においても自認するところである。

(イ) 同部分の左側(外側)には歩道が設けられているので,控訴人らが控訴理由で主張しているように,同部分が路側帯に当たるとはいえない(道路交通法第2条3の4号参照。)。

(ウ) しかし,「道路標識,区画線及び道路標示に関する命令」第5条別表第3は,車道外側線を「車道の外側の縁線を示す必要がある区間の車道の外側」と定義し,道路交通法17条1項本文は「車両は,歩道又は路側帯と車道の区別のある道路においては車道を通行しなければならない。」旨の通行区分を規定し,さらに,同法2条1項3号は,車道について「車両の通行の用に供するため縁石線若しくは柵その他これに類する工作物又は道路標示によって区画された道路の部分をいう。」旨定義している。これら法令の規定からすると,車道外側線の左側部分は,車道とはいえないことが明らかであり,したがって,車道ではない,このような部分を車両で通行することは通行区分に違反し,特別の場合を除いて許されないものと解すべきである

(エ) 前記認定の本件事故の態様及び控訴人Aの供述によれば,同控訴人は,車両の走行が許されない部分を,ほしいままに前方の安全確認を怠り,漫然と時速約40キロメートルのまま走行したものであって(同控訴人本人も,当該部分が路側帯と誤解していたとはいえ,通行禁止は分かっていた旨供述している(原審本人調書45項)。),これが本件事故発生の原因になっていることが明らかである。したがって,本件事故の結果に対し応分の負担をするのが公平である。

(2) 上記(1)でみたところによれば,本件事故発生について,被控訴人にも,交差点を左折するに当たり,左後方への注意を欠くという基本的な過失があったことは明らかであり,被控訴人は,控訴人らが本件事故によって被った損害を賠償する責任がある。しかし,前記認定のように,本件事故は,控訴人Aが車道外側線の左側をほしいままに前方の安全を十分確認することなく,漫然走行するという,本来,許容されない行為を行ったことによってもたらされたものであるから,控訴人Aの側に過半(6割)の責任を負担させるのが公平である。

2 控訴人Aの労働能力喪失率について
 この点についての判断は,原判決の事実及び理由,第3の2記載のとおりであるから,これを引用する。
 なお,被控訴人は,「控訴人Aの労働能力喪失率を90パーセントとしたことは労働能力の喪失割合を過大に評価している。」旨主張する。しかし,控訴人Aは,自動車損害賠償責任保険における後遺障害等級5級2号,6級5号に各該当する後遺障害があり,併合3級に当たるとの等級認定を受け,これに相応した後遺障害に苦しんでいるものと認められる。後遺障害等級5級の労働能力喪失率は79パーセントとされているところ,さらに,6級5号の障害まで加わっている以上,その喪失率を90パーセントとしたことは相当であり,これを過大とする証拠はない。

3 控訴人らに生じた損害
 この点についての判断は,原判決の事実及び理由,第3の3記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決18頁20行目の「後遺症慰謝料」を「後遺障害慰謝料」と改める。)。
 なお,被控訴人は,「控訴人Aの基礎収入は,現実の収入によるべきであり,後遺障害慰謝料も過大に過ぎる。」旨主張する。しかし,控訴人Aが若年であり,可塑性に富んでいる点等からすれば,原判決の採用した基礎収入額が不当に高すぎるとはいえない。また,その後遺障害の程度や年齢等を考慮すると,原判決が認定した後遺障害慰謝料額が過大であるともいえない。

4 過失相殺後の損害額

(1) 控訴人A関係
 (120万7108円+176万4466円+9219万0745円+220万円+2000万円=1億1736万2319円)×0.4=4694万4927円(円未満切り捨て)

(2) 控訴人B関係
 28万円×0.4=11万2000円
 控訴人Bは,控訴人Aに本件普通自動二輪車の使用を継続的に認めていたのであるから,控訴人Aの本件事故についての過失割合を控訴人Bのそれと同視するのが公平と解される。

5 控訴人Aに対する損害填補分の控除
 4694万4927円−2339万円=2355万4927円
(なお,本件では,既払金を元本に充当する旨の黙示の合意があるものと認められる。)

6 弁護士費用
 本件事案の性格,審理の経過等からすれば,控訴人らが被控訴人に対し,本件事故と相当因果関係のある損害として賠償を求めうる弁護士費用は,①控訴人Aについて240万円,②控訴人Bについて2万円とするのが相当である。

7 結論
 以上によると,被控訴人は控訴人Aに対し,2595万4927円及びこれに対する本件事故発生の日である平成11年9月14日以降支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を,控訴人Bに対し,13万2000円及びこれに対する前同様の遅延損害金を支払う義務があるものといわなければならない。そうすると,これと結論を一部異にする原判決は一部失当であって,本件各控訴は一部理由がある。
 よって,原判決を変更し,控訴人らの被控訴人に対する本訴請求を上記の限度で認容し,その余をいずれも棄却することとし,また,本件附帯控訴は理由がないので,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

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