文化財保護法と行旅病人及行旅死亡人取扱法

本籍・住居・氏名・性別・年齢不詳の人骨、頭蓋骨、大腿骨、下顎骨の一部のみ現存。この遺体は、平成15年8月7日午後3時10分に、青森県八戸市の是川遺跡楢館調査区内の、15世紀から19世紀の地層から発見されたものである。死亡の日時は戦国時代から明治時代初期と推定される。所持金品は特になし。ついては、身元不明のため火葬に付し保管しておりますので、心当たりのある方は、八戸市福祉事務所生活福祉課までお申し出下さい。

平成15年11月10日
青森県 八戸市長 中村寿文

(官報・平成15年11月10日・行旅死亡人欄・強調部引用者)

この「行旅死亡人」とは,要するに行き倒れの死体のことであり,身元不明の場合,その情報を市町村長が官報に公告しなければならないとされているものである(行旅病人及行旅死亡人取扱法第10条)。

この話の面白さは,この人骨が「埋蔵文化財」としてではなく「行旅死亡人」として扱われたことにある*1。すなわち,「文化財保護法」ではなく,「行旅病人及行旅死亡人取扱法」の適用をうけたということである。

ところが,奇妙なことに,「行旅病人及行旅死亡人取扱法」の適用を受けるのか「文化財保護法」の適用を受けるかの点を調整する立法はないのである。確かに,「遺失物法」と「文化財保護法」の間を調整する規定ならある。

遺失物法

第1条第1項 他人ノ遺失シタル物件ヲ拾得シタル者ハ速ニ遺失者又ハ所有者其ノ他物件回復ノ請求権ヲ有スル者ニ其ノ物件ヲ返還シ又ハ警察署長ニ之ヲ差出スヘシ但シ法令ノ規定ニ依リ私ニ所有所持スルコトヲ禁シタル物件ハ返還スルノ限ニアラス

第13条 埋蔵物ニ関シテハ第10条及第10条ノ2ヲ除クノ外本法ノ規定ヲ準用ス

文化財保護法

(提出)

第60条 遺失物法第13条で準用する同法第一条第一項の規定により、埋蔵物として差し出された物件が文化財と認められるときは、警察署長は、直ちに当該物件を文化庁長官に提出しなければならない。但し、所有者の判明している場合は、この限りでない。

(鑑査)

第61条 前条の規定により物件が提出されたときは、文化庁長官は、当該物件が文化財であるかどうかを鑑査しなければならない。

2 文化庁長官は、前項の鑑査の結果当該物件を文化財と認めたときは、その旨を警察署長に通知し、文化財でないと認めたときは、当該物件を警察署長に差し戻さなければならない。

これによれば,発見された埋蔵物は,とりあえずは遺失物法に基づき警察に届け出され,警察が文化財であると認めた場合は重ねて教育委員会の鑑査を受け,そこで最終的に遺失物か文化財かが決定される,ということになる。

しかし,埋蔵物が「人骨」の場合,これを遺失物法上の「埋蔵物」であるとして,上記の処理を行うことはできない。同法の他の規定が「人骨」をその対象とすることを予定していると解することはとうていできないし,実際にもそのように扱われていないからである。

諸法をぱらぱらとめくって見ると,どうも法律は,この「文化財としての人骨」の存在を忘れているようである。例えば,以下の照会・回答が示すように「死体解剖保存法」との関係も法律上は明らかでないのである。

昭和28年6月13日 文化財保護委員会事務局長から厚生省医務局長あて照会
 貝塚、古項又は上代填基等から出土した人骨であって文化財保護法(昭和25年法律第214号)の規定により埋蔵文化財としての取扱いを受けるものについては、死体解剖保存法(昭和24年法律第204号)にいう死体又は死体の一部に該当しないものとしての取扱いを行って差支えないか照会します。

昭和28年6月22日 厚生省医務局長から文化財保護委員会事務局長あて回答
 昭和28年6月13日文委記第87号をもって照会のあったことについては、お見込みのとおり解して差し支えない。

その他,いろいろ調べてみたが,断片的な情報を総合すると要するに,人骨のうち,埋蔵文化財として認定された人骨は文化財保護法の排他的な適用を受け,そうでない人骨は一般の死体として関係諸法の適用を受けることになる,というのが実際の取り扱いのようである(参考)。

そして,ある人骨が文化財か否かを決めるのは教育委員会であり(文化財保護法),その区別としては「明治以前か明治以後か」というのがひとつの基準となるものであるとのことである(参考)*2。冒頭に掲げた官報の記事も「明治初期」というのがポイントであったのであろう。

常識的な結論であるが,まあこんなものである。

*1:もっとも,この人骨が発見された是川遺跡は縄文遺跡であることにも注意が必要であろう。

*2:もっとも,この辺は学術的評価であるから一概に基準は立てられず,その決定に対して不満が表明されることもあるようである(参考)。また,この点に関しては,もっときな臭い問題が生じることもあるようである(戸山人骨問題)。

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