名古屋地方裁判所平成15年6月3日判決

名古屋地方裁判所刑事第3部平成15年6月3日判決,平成14年(わ)第1882号業務上過失傷害被告事件,下級裁主要判決情報)
  • 西行き車線の幅員は4.0メートル,東行き車線は4.1メートルであり,その外側にはそれぞれ1.0メートルの路側帯があり,さらに,その両側に歩道がもうけられている。」として,車道と歩道の間の部分を「路側帯」と呼んでいる事例(参考

主文

  • 被告人を禁錮1年2か月に処する。
  • この裁判確定の日から3年間刑の執行を猶予する。
  • 訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は,平成9年12月26日午後9時30分ころ,業務として普通乗用自動車を運転し,名古屋市a区bc丁目d番地先道路をe信号交差点方面から日進市方面に向かい時速約40キロメートルで進行するにあたり,ハンドルを的確に操作し,自車の進路を適正に保持して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り,ハンドルを的確に操作せず,自車を対向車線上に進出させた過失により,折から,対向直進してきたA(当時27歳)運転の原動機付自転車前部に自車左前部を衝突させるなどして,同原動機付自転車とともに同人を路上に転倒させ,よって,同人に入院加療約9か月間を要し,高次脳機能障害等を伴う脳挫傷の傷害を負わせた。

(証拠)

(省略)

(事実認定の補足説明)

第1 被告人は,本件交通事故は,判示Aが被告人走行車線上に進出してきたために生じたものであって,自分が対向車線上に進出して衝突したのではないと弁解し,弁護人も同様に主張して,被告人は無罪であると主張する。そこで,この点につき以下補足して説明する。

第2 前提事実
 関係証拠によれば,以下の事実が認められる。

1 判示名古屋市a区bc丁目d番地先道路(以下「本件事故現場」という。)は,東西に走る片側一車線の相互通行道路で,中央に黄色の実線が引かれ,日進市方面(東)からe交差点(西)に向かう西行き車線の幅員は4.0メートル,東行き車線は4.1メートルであり,その外側にはそれぞれ1.0メートルの路側帯があり,さらに,その両側に歩道がもうけられている。この道路は,西方のe交差点付近では北方にわん曲しているが,本件事故現場付近は直線で見通しはよい。本件当時,最高速度40キロメートル毎時,駐車禁止,追い越しのための右側部分はみ出し禁止の規制が施されていた。事故時は夜間であり,本件事故現場付近には街路灯や北側のコンビニエンスストアの照明があるが,うす暗い状態であった。また,雨が降り終わったばかりで,路面は湿潤していた。

2 平成9年12月26日午後9時30分ころ,本件事故現場車道上において,西行して走行してきたA運転の原動機付自転車(長さ1.66メートル,幅0.63メートル,高さ1.01メートル。以下「原付」という。)前部と,東行して走行していた被告人運転の普通乗用自動車(長さ4.11メートル,幅1.66メートル,高さ1.37メートル。以下「被告人車両」という。)左前部が衝突し(以下「本件衝突」という。甲1,被告人供述),その結果,Aは入院加療約9か月間を要し,高次脳機能障害等を伴う脳挫傷の傷害を負った(以下「本件事故」という)。

3 本件衝突により,被告人車両は,前部バンパー左側下部が擦過痕程度に損傷し,左側車幅灯が脱落した。また,原付には,前照灯付近からハンドル付近にかけて破損がみられ,同部分は後方に押されていたが,前輪タイヤ部分には明確な損傷は生じていなかった。

4 本件事故現場の西行き車線上の南側部分と路側帯にかけて,本件事故現場付近南側にあるB前にある電信柱の西方12.89メートルから8.92メートルにかけてC使用普通乗用自動車(長さ3.97メートル,幅1.67メートル,高さ1.23メートル。以下「C車両」という。)が,同じく6.32メートルから1.8メートルにかけて,D使用普通乗用自動車(長さ 4.52メートル,幅1.69メートル,高さ1.41メートル。以下「D車両」という。)が,いずれも前部を西方に向けて路上駐車されていた。そのため,両車両は,南側歩道と路側帯の境界線から北側約2.1メートルまで西行き車線を占拠し,その部分の西行き車線の進行可能な幅員は約2.9メートルとなっていた。

5 そして,被告人車両は原付と衝突したころあるいはその直後,C車両の右側面を擦過していくような浅い角度で衝突し,さらにD車両と衝突した。この衝突により,C車両は,右前輪フェンダー後部から右後輪フェンダー前部にかけて擦過凹損し,また,D車両は,右前輪フェンダー部分が破損し,右前輪が車軸から折損した。そして,被告人車両は,右前輪フェンダー部分が前端部から後部までの間にかけて凹損しており,右前照灯及び右側車幅灯が破損している。

6 被告人車両の本件衝突前の速度は約40キロメートル毎時であった。

7 なお,本件事故後現場に赴いた警察官が被告人から事情聴取した際酒臭がし被告人が事故前に飲酒したことを認めたことから,同日午後9時50分ころ被告人の呼気による飲酒検知を行ったところ,呼気1リットルにつき0.15ミリグラムのアルコールが検知された。

8 被告人は,本件事故当夜警察官による実況見分(以下「第1回実況見分」という。)に立ち会い,警察官から,西行き車線上の地点を示され,衝突地点はこの辺りではないかと問われた際これに反論することなく同意した結果,平成10年1月13日付実況見分調書(以下「第1回実況見分調書」という。)が作成されたが,その後平成10年4月15日に行われた取調べの際これを否定して衝突地点は東行き車線上であったと主張し,同月25日に改めて実況見分(以下「第2回実況見分」という。)が行われ,被告人の指示により衝突地点を東行き車線上とする同日付実況見分調書(以下「第2回実況見分調書」という。)が作成された。

第3 本件事故直後のA及び原付が倒れていた地点及び破片等の散乱場所について

1 本件においては,本件事故そのものを直接目撃した者はおらず,衝突時の痕跡等も認められなかったため,直接本件衝突地点を特定する証拠は存在しない。また,警察官が事故現場に到着する前に原付や被告人車両は付近住民らによって移動され,破片等も片づけられたため,事故当日の第1回実況見分調書に事故直後の客観的状況がそのまま示されているとはいえない。そこで,本件事故直後にA及び原付が倒れていた地点及び破片等の散乱場所について,事故直後の状況を目撃した者らの公判供述を検討する。

2 Cの公判供述の内容は以下のとおりである。
 自分は,本件当時,Bf号室に居住しており,C車両をBより西側の西行き車線上に西向きに路上駐車していた。そして,部屋でテレビゲームをしていたところ,「どかん」という大きな音がして,最初はテレビのリモコンを踏んで音量が上がったと思った。しかし,外が騒がしいので,部屋の出窓から本件事故現場付近を見ると,倒れている人と原付が見えたので,事故だと思い,外に出た。自分がC車両を路上駐車したときにはなかったD車両が自分の自動車の後に同様に路上駐車されていた。そして,D車両の東側の西行き車線上にAが倒れていて,そこから2メートル弱北東側に離れた西行き車線上に原付も倒れていた(以下,事故直後Aが倒れていた地点を「Aの転倒地点」,原付が倒れていた地点を「原付の転倒地点」という。)。原付の転倒地点は,甲28号証写真番号5に映っている電信柱から東におよそ4メートルの地点付近であって,ひし形の道路標識のあたりである。救急車でAが搬送された後,原付を他の人とともにBの正面より東側にあるE前付近の北側歩道の縁石付近に移動させ,倒した状態で置いた。さらに,原付が倒れていたあたりの西行き車線上に原付の部品等車両部品が散乱していたので,それを数人で片づけた。その後,警察官が来てから,C車両とD車両が壊れているのに気がついた。本件当時,誰かが交通整理をしていて,西方に向かう車両も東方に向かう車両も東行き車線を通っていた。

3 Dの公判供述の内容は以下のとおりである。
 自分は,本件当時,Bg号室に居住しており,翌日早朝に仕事があったため,社用車であるD車両をB前の西行き車線に路上駐車して,部屋で寝ていた。すると,建物が揺れるようなすごい音がしたので,何があったのかと思い,起きて着替えをしてから外に出た。すると,車道に駐車していたD車両の左前輪が縁石に乗り上がっていた。D車両の西方にはC車両が同様に路上駐車されていた。そして,D車両のフロントあたりを見たとき,Aが倒れていたのに気づいた。Aが倒れていた位置は,西行き車線上でD車両とC車両の間であった。しかし,その付近にはすでに原付はなく,その後E付近に立った状態の原付を見た。そして,B前の西行き車線上に自動車や原付の破片が散乱していたので,2台目のパトカーが来たとき,警察官に片づけてもいいかと聞き,アパートの住人数人で西行き車線内の破片を片づけた。

4 Fの公判供述の内容は以下のとおりである。
 自分は,本件事故現場北西に所在する店舗兼住宅で新聞販売店を経営しており,本件当時は,2階でテレビを見ていた。すると,ドーンというような大きな音がしたので,外を見ると人と何か物体が倒れていたので事故だと思い,外に出た。そして,倒れていたAの状態を確認し,二次災害を起こすおそれがあったので,店に戻りサーチライト等を持ってきて,交通整理を始めた。西行き車線上のB前の電信柱より東にAが倒れており,それから東に二,三メートル離れた場所,すなわち電信柱より東におよそ5メートル付近に原付が倒れていた。Aは中央線のすぐ近くに頭を北にして倒れていた。そこで,自分は,Aの頭のすぐ北側に立って,中央線を踏むような状態で,自動車が東行き車線を通行するように交通整理をした。自分が立っていたあたりには,原付の風よけの破片が落ちていて,そのほかにも原付が倒れていた場所から西側のほうに破片が西行き車線上に落ちていた。東行き車線上にも破片があったかもしれないが,あまり覚えていない。そして,救急車がやってきて,Aを搬送する際,自分は店に戻り黒のマジックを持ってきて,道路にAの倒れていた位置と原付の位置と被告人車両の位置に印を付けた。その後,原付が誰かに移動されて,E前の歩道上に倒れた状態で置いてあった。

5 以上の本件事故直後の状況を目撃したC,D及びFの供述を総合すると,以下のとおりの事実が認定できる。
① Aは西行き車線上に転倒していた。②原付は,西行き車線上のB前電信柱東側に転倒していた。その位置は,電信柱から東におよそ4メートルないし5メートルあたりである。③また,本件事故による車両部品のほとんどは,原付が転倒していたあたりの西行き車線上に散乱していた。④本件事故によりAが救急車で搬送された後Cらが東行き車線側の縁石付近に原付を移動させた。なお,③の散乱していた車両部品は,原付,被告人車両,C車両及びD車両の破損状況や散乱場所などからみて,その多くが原付のものと推認される。
 弁護人は,Cらの公判供述について,Aの転倒地点が相互に食い違っているとか,CはAが頭から血を流していたというように事実と異なる供述をしているとか,原付の転倒地点も被告人の供述と異なっているとして,信用できないと主張する。
 なるほど,弁護人の指摘するとおり同人らの公判供述には細部において相互に食い違いがあったり客観的事実に齟齬する部分がないわけではない。しかしながら,同人らの公判供述は本件事故後約5年も経過した後においてなされたものであるから,記憶の減退等により細部において食い違いが生じるのはむしろ当然のことである。一方,同人らには虚偽供述をする動機は認められず,その具体的供述内容をみても①ないし③のうち,A及び原付が西行き車線上に倒れており,車両部品の破片のほととんどが西行き車線上に散乱していたことについては,各供述が基本的には合致している。さらに詳細についてみると,Aの転倒地点の東西の位置関係については,C,Fの供述とDの供述に食い違いがある。この点は,CとFの供述がおおむね符合しているだけでなく,F供述は,自らAが転倒していた直近で交通整理を行ったり,マジックペンで関係箇所に印を付けており,自らの行動により裏付けられている反面,D供述は,現場に到着したときにはすでに原付はなかったと供述していることからみて,信用性に疑問があるから,C及びFの供述が信用できる。また,Cは,Aが頭から血を流していたと供述するが,他の証拠からは血を流したという事実はうかがえない。この点については,現場はうす暗く,しかも雨上がりのため湿潤していたことから,同人が見間違えをしたものと考えられる。しかし,これをもって他の供述の信用性まで疑わしいとはいえない。そして,原付の転倒地点が被告人の供述と異なっているという点については,警察官Iの公判供述によれば,被告人は第1回実況見分の際,原付の転倒地点については覚えていない,移動された後の原付の付近であったと思うと述べただけであるというのであるから,第1回実況見分調書及び第2回実況見分調書における原付の転倒地点は,被告人が原付の転倒地点を正確に指示したものとはいえない。また,被告人自身当公判廷において原付の転倒地点は東行き車線上であったと思うと供述する一方で,はっきり覚えていないとも供述している。したがって,東行き車線上に原付が転倒していたとする被告人の供述は信用性に乏しいといわざるをえないから,この供述に矛盾するからといってC及びFの供述が信用できないことにはならない。
 したがって,弁護人の主張は採用できない。

第4 G鑑定について
 G鑑定は,本件衝突地点を以下のとおり推定する。
 前記第2の3の被告人車両及び原付の損傷状況から,原付は被告人車両の左前部に対して,左側面を路面上に接するような横転状態又はそれに近い状態で正面衝突したものと推定し,被告人車両等の質量や損傷状況から被告人車両の本件衝突前の速度を時速40キロメートル程度と推定する。そして,第1回実況見分調書及び第2回実況見分調書における各本件衝突地点及び被告人車両とC車両との衝突地点の位置関係からすると,第1回実況見分調書の被告人車両の進行に矛盾はないが,第2回実況見分調書の被告人車両の進行は不可能であるとする。その上で,被告人車両及び原付の質量,被告人車両の速度や衝突形態等から,原付は衝突後約16メートルないし21メートル滑走したと推定し,衝突が開始し原付が滑走を始めるまでの時間が約0.2秒間と考えられ,その間に2メートル前後の移動があることから,衝突地点は原付の転倒地点から約16ないし23メートル西方の地点になると推定した上,原付の転倒地点を第1回実況見分調書の<ロ>地点(電信柱より約10メートル東方の東行き車線上),被告人車両の進行状況を同実況見分調書記載のとおりとすれば,衝突地点は西行き車線上になることを示し,さらに,被告人車両と原付が正面から衝突し,車体の損傷部品は東西方向の延長上に散乱が起こるが,車体の損傷部品の散乱場所が西行き車線上にあったことからしても,衝突地点は西行き車線上であったものと推定している。この鑑定に用いられた論理は合理的であって,その結論は十分信用できる(もっとも,その前提事実に当裁判所の認定と食い違いがある点は後に述べるとおりである。)。
 これに対し,弁護人は,G鑑定が,被告人車両と原付の衝突形態を,被告人車両の左前部に対して,左側面を路面上に接するような横転状態又はそれに近い状態となった原付が正面衝突したとする点について,このような衝突形態ではAは衝突前に路面に転倒し,滑走していくことになり,低い位置で被告人車両と衝突することになるのに,Aの傷害結果は脳挫傷だけであるから,この傷害結果を説明することができないとか,原付の重心が被告人車両のフロント面からはずれているので,原付は回転運動をして衝突後は被告人車両の後方に移動するはずであるのに,被告人車両の進行方向に移動した事実と矛盾すると主張する。
 しかし,G供述によれば,原付とともに同じ角度でAの身体も転倒していったのか,原付が横転状態に近くてもA自身は腰を浮かし身体を起こした状態であったかは分からず,2つの可能性が考えられるとしており,後者の場合であれば,Aは衝突により跳ね飛ばされて地面に落下し,脳挫傷の傷害を負ったとすることの説明は十分可能である。また,そもそもAの受けた傷害は,脳挫傷のみでないのであって,手足や顔などにも外傷を受けたのであるから,受傷が脳挫傷のみであるとする主張は事実に反するものである。
 また,原付の重心は,弁護人主張のように常に原付の下部にあるのではなく,傾いた場合には傾いた方向に移動すると考えられるから,G鑑定の衝突状態を前提としても,原付の重心が被告人車両のフロント面から必ずはずれるというわけではない。
 したがって,弁護人の上記主張は採用できない。

第5 本件衝突地点について

1 前記第2の5のとおり,被告人車両が原付と衝突したころあるいはその直後に本件事故現場の道路南端に駐車されていたC車両の東西に沿った側面に非常に浅い角度で衝突した事実が認められるところ,この事実から,被告人車両は,第1回実況見分調書に示されるように急速に右に曲がった状況でC車両に衝突したのではなく,それよりも西方の地点から西行き車線を走行してきたことが推認できる。この事実は本件衝突地点が西行き車線上であったことをうかがわせる。

2 前記第4のとおり,G鑑定は,被告人車両の左前部と原付が正面から衝突しており,衝突による損傷した部品の散乱場所が西行き車線上であったことから,衝突地点は西行き車線上であると推定しており,これが合理的であることは前述のとおりである。その上,当裁判所の検討によると,前記第3の5①ないし③のとおり,部品の散乱場所ばかりでなく,Aの転倒地点それに原付の転倒地点もまた西行き車線上であったことが認められる。前記1の事実も併せると,仮に,本件衝突地点が東行き車線上であったとしたなら,このようにAの転倒地点,原付の転倒地点それに部品の散乱場所がそろって西行き車線上になるとは考えがたく,上記の事実は本件衝突地点が西行き車線上であったことを示している。

3 また,前記第4のとおり,G鑑定は,被告人車両の質量や速度等から,原付の転倒地点から西方約16ないし23メートル地点が衝突地点になると推定した上,原付の転倒地点を第1回実況見分調書の<ロ>地点,被告人車両の進路を同実況見分調書記載のとおりとすれば,衝突地点は西行き車線上になるとしている。しかし,実際の原付の転倒地点は,前記第3の5のとおり,それより五,六メートル西方であることから,第1回実況見分調書の被告人車両の進路を前提にすると,東行き車線上において被告人車両と原付が衝突した可能性もなくはないようにも思われる。
 しかしながら,前記1のとおり,被告人車両とC車両の衝突角度は非常に浅く,第1回実況見分調書に記載されたものよりも西方で,被告人車両が西行き車線に進入したものと認められることも併せると,G鑑定による上記原付の転倒地点からの推定の手法によっても,本件衝突地点は西行き車線上と考えられる。

4 なお,前記のとおり,原付の進行してきた西行き車線には2台の車両が駐車されており,通行可能な車線幅員が狭くなっていたことが認められるが,西行き車線のうち2.9メートルは通行可能であったのであり,原付の幅が0.63メートルであって十分通行できる状況であったことからすると,上記事実は原付が東行き車線に進入したものと推測すべき事情とはいえない。

5 さらに,関係証拠によれば,被告人は,第1回実況見分において,警察官から西行き車線上で衝突したのではないかと質された際,何も反論することなく同意したこと,また,その後Aが搬送された病院において,警察官がAの勤務先の社長やAの父であるHに対して,被告人がセンターラインを越えて衝突した事故であると説明した際,被告人は,そのそばにいながら自車走行車線で衝突したなどと反論しなかったばかりか,同人らに対して謝罪をしたことも認められる。これらの事実もまた,被告人車両と原付の衝突地点は,西行き車線上であったことを示している。

第6 被告人の供述及び弁護人の主張について

1 これに対して,被告人は,本件事故状況等について,以下のとおり供述する。
 本件事故現場の自車進行方向手前にある交差点(e交差点)で赤信号停止してから,本件現場に向かって時速40キロメートルくらいで30メートルほど進行してきたところ,対向車線をセンターライン寄りに一つ目のライトのバイクが走行してくるのに気がついた。そして,自車との距離が30メートルくらいになったとき,そのバイクが突然センターラインを越えて自車線上に入ってきた。そこで,回避しようと思いすぐにハンドルを右に切ったが間に合わず,自車の左前部にバイクが衝突してきた。ハンドルを右に切る前に衝突したのか,切りかけで衝突したのかは分からない。そのときバイクは直立した状態であって,衝突後自車の前方に飛ばされたが,Aがどのような動きをしたかは分からない。その後,駐車車両であるC車両,D車両の順番に衝突して停車した。そして,Aの様子を見に行こうとしたが,D車両にドアが当たって開かなかったので,車を前方に移動させてからAの様子を見に行った。その後,警察官がやってきて飲酒検知をした後実況見分を行ったが,センターライン付近で「どの辺か」というようなことを聞かれた覚えがあるが,気が動転していてその状況はほとんど覚えていない。その後,警察官とともにAが搬送された病院に行き,病院の公衆電話から保険会社に事故の報告をした。その後,Aが大けがをしたと聞き,病院でHらに謝った。そのとき,警察官が自分がセンターラインをオーバーをしたと説明しているのは聞いていないし,自分がHに対して,事故の説明をしたこともない。第1回実況見分調書は,被害者の転倒地点と衝突地点が違う。実際の衝突地点は覚えていないが,第2回実況見分調書の衝突地点は,自車線上で衝突したという思いが強かったので,大体この辺りですというふうに指示したものである。

2 しかし,被告人が述べるように衝突地点が東行き車線上であったのならば,原付やAの転倒地点,部品の散乱場所がいずれも西行き車線にはならないはずであることは前述したとおりである。また,被告人が本件衝突地点は東行き車線上であったと主張して示した地点(第2回実況見分調書)は,これを前提とすると,被告人車両がC車両に衝突し得ないことになることから,誤りであることは,G鑑定が指摘するまでもなく明らかである。そのほか,被告人は,本件事故当時から自分に過失はないと思っていたが,事故直後に警察官にAの方が自車線上に進入してきたことを言わなかったのは,聞かれなかったからであると供述するが,この供述は,尋ねたと言う警察官Iの供述と矛盾するところ,警察官としては衝突地点を尋ねるのが当然であるし,現に第1回実況見分調書に衝突地点の記載があることからしても,Iの供述は信用できるのであり,これに反する被告人の供述は信用できない。被告人は,この点について追及されると,事故直後の警察官との会話はほとんど覚えていないと述べるばかりで,合理的な説明ができない。その上,被告人は,病院において,警察官から「死んだら刑務所行きだぞ」とまで言われたと言うのであるから,Aが自車線上に進出してきたというのであれば,自分に過失はないと弁解したはずであるが,このようなことを述べていない。警察官が病院で被告人車両がセンターラインを越えたと説明したのは聞いていなかったと述べる点も,被告人が同人らのそばにいたことからすると,不自然である。
 以上のとおり,被告人の供述は客観的事実に反する点があるとともに不自然な点が多く,信用できない。

3 なお,弁護人は,被告人が本件事故直後である平成9年12月27日午前零時23分ころに,保険会社に電話で,原付が東行き車線に進入してきて衝突した旨報告したのであるから,被告人は事故直後から一貫して衝突地点は東行き車線上であると主張してきたものであり,被告人の供述には信用性があると主張する。
 しかし,被告人が保険会社側に電話で報告したのは,直進していたところ駐車車両を追い越してきたと思われる相手バイクと衝突,という程度の内容にすぎない上,被告人の本件事故現場及び病院での言動はすでに述べたとおり認められるのであり,これとは別に被告人が,保険会社に対して自分に有利な報告をしたからといって,上記の認定が動かされるものではない。

第7 結論
 以上の次第であって,前記第5の1ないし5,とりわけ本件衝突が西行き車線上であったことを示す1ないし3,5の各点を総合し,これに東行き車線上で衝突したとする被告人の供述が信用できず,そのほかにも本件衝突地点が東行き車線上であることをうかがわせる証拠が存在しないことも併せると,被告人車両と原付は西行き車線上で衝突したものと認定することができる。したがって,判示のとおり被告人が対向車線上に自車を進出させた事実が認められる。

(法令の適用)
罰条平成13年法律第138号による改正前の刑法211条前段
刑種の選択禁錮
刑の執行猶予刑法25条1項
訴訟費用刑事訴訟法181条1項本文
(量刑の適用)

本件は,被告人が対向車線上に自車を進出させて,被害者運転の原付と衝突させ,被害者に傷害を負わせたという事案である。被害者には何ら落ち度はなく,被告人の過失は重大である。その結果,被害者に入院加療約9か月間を要し,高次脳機能障害等を伴う脳挫傷の傷害を負わせたのであって,結果もまた重大である。しかも,被告人は,被害者が自車線上に進出してきたなどと不合理な弁解をしており,反省の情が認められず,慰謝の措置も講じていない。当然のことながら,被害者側の被害感情も厳しい。
 そうすると,被告人の刑事責任は軽くない。
 一方,被告人には,前科前歴がないこと,被告人車両には対人賠償無制限の任意保険がかけられており,すでにこの保険により被害者の治療費等約2000万円が支払われていることなどの事情もある。
 そこで,これらの諸事情を総合考慮して,主文の刑に処し,その執行を猶予することとする。

(求刑−懲役1年6月)

各記事の内容は,事前・事後の告知なく修正・削除されることがあります。

投稿されたコメントも,事前・事後の告知なく削除されることがあります。

実験的にGoogleアナリティクスによるアクセス解析をしています。

☞ 1st party cookieによる匿名のトラフィックデータを収集します。