判例百選と判決原典

民事訴訟控訴審において,第一審判決の事実摘示に,以下のような間違いがあったにもかかわらず,当事者が,「第一審判決事実摘示のとおり陳述する。」と弁論してしまった場合,その訴訟法上の効果はどうなるかという問題がある。

  1. 当事者が主張していないはずの事実が,判決に記載されている場合(以下「過剰型」という。)
  2. 当事者が主張したはずの事実が,判決に記載されていない場合(以下「欠落型」という。)

最判昭61・12・11判時1225・60は,前者の過剰型に関する重要判例であり,旧版の民訴法判例百選には,以下のような解説がされている。

この問題に対して,最高裁の見解を示したのが,前者のケースのうちの事実主張(=過剰型*1)については,本件判決およびそこに掲げられた昭和四一年一一月一〇日判決であり,後者の場合の事実(=欠落型*2)については,最高裁昭和三八年六月二〇日判決(集民六六号五九頁)である。

(鈴木重勝「第一審結果の陳述」(民訴法百選II*3・414頁)

しかしながら,第1に,「そこに掲げられた昭和四一年一一月一〇日判決」は,過剰型に関する判決ではなく,欠落型に関する判決である。解説者は,過剰型に関する本件判決が引用している判決なのだから,過剰型に関する判決であろうと,原典を調べずに早とちりしてしまったのではないかと疑われる*4

そして,第2に,「最高裁昭和三八年六月二〇日判決」の典拠は,「集民六六号五九頁」ではなく,「集民六六号五九一頁」である。単なる誤植とも思えるが,このほかにも『基本法コンメンタール』(別冊法学セミナー)など*5,これを「五九頁」として引用する例が散見する。そして,この昭和38年判例の存在を広く知らしめたのが,前掲昭和61年判例を掲載した判例時報の解説であると窺われるところ*6,同解説も,「五九頁」と誤って引用している。そうすると,これも原典を確認せず,判例時報の解説からコピペしただけ(あるいは,そのコピペをコピペしただけ)ではないかとも思われるのである。

さらに,第3に,この「最高裁昭和三八年六月二〇日判決」が,果たして欠落型に関する判決と言ってよいのかも疑問である。確かに,前掲判例時報そのほか諸書*7は,この昭和38年判例を欠落型に関する判決であるとして引用する。しかし,この昭和38年判例は,再審事件であり,原上告審判決が上告理由について判断していないという再審理由に対し,以下のように説示して,判断遺脱はないとしたものに過ぎない。

しかし,原上告審判決は,当事者が第二審で第一審判決事実摘示のとおり第一審口頭弁論の結果を陳述した場合において,第一審判決事実摘示に記載されていない事実は,たとい所論のような事由があつても,第二審における陳述がないものであるとの見解の下に,所論一定の主張は第二審において主張されなかつたとの理由で,右上告理由を排斥したものであること判文上明らかである。されば,原上告審判決に所論判断遺脱の違法もない。

すなわち,欠落型に関して判断を行っているのは,この昭和38年判例ではなく,その原上告審である最判昭36・6・9(昭和33年(オ)第112号・判例集未登載)なのである。昭和38年判例が,その原上告審の判断を是認しているわけでもない。

確かに,この原上告審は判例集に掲載されていないから,欠落型に関する参照判例として昭和38年判例を挙げることも致し方ないであろう。しかし,前掲百選の解説のように,「この問題に対して,最高裁の見解を示したのが…最高裁昭和三八年六月二〇日判決(集民六六号五九頁)である。」としたり,長秀之「控訴審と要件事実」*8のように,「最判昭38・6・20裁集民66号591頁及び最判昭41・11・10裁集民85号43頁は,…このことを説示する。」などとしてしまっては,原典に当たらずに書いているとの誹りを免れないであろう。

以上,なるべく原典を確認しようという話である。しかし,それを徹底すると,判例集の誤植の可能性も考え,「原本」を確認せねばならなくなろう。ある程度のリスクは覚悟の上,コスト・ベネフィットで考えることになろうか。

*1:この部分,括弧内は引用者による注である。

*2:この部分,括弧内は引用者による注である。

*3:鈴木重勝「第一審結果の陳述」『民事訴訟判例百選II』〔新法対応補正版〕(別冊ジュリストNo.146).

民事訴訟法判例百選 (2) (別冊ジュリスト (No.146))

民事訴訟法判例百選 (2) (別冊ジュリスト (No.146))

*4:なお,判文は「…と解すべきである(最高裁昭和三九年(オ)第六五一号同四一年一一月一〇日第一小法廷判決・裁判集民事第八五号四三頁参照)」としており,「参照」とは書かれている。

*5:小室直人ほか編『新民事訴訟法3』(基本法コンメンタール・別冊法学セミナーNo.155)・30頁,小山昇『民事訴訟法』〔第5版〕・556頁.

*6:この昭和61年判例を掲載した判例時報の解説が,昭和38年判例及び昭和41年判例を,「一般には知られていないが」として紹介している一方,これに先立つ東京高判昭51・12・21(欠落型)の判例時報の解説(判時843・54)は,「みるべき先例もないようなので」としている。

*7:前掲基本法コンメンタール・30頁,前掲小山・556頁,長秀之「控訴審と要件事実」『民事要件事実講座』(第2巻)・41頁など.

*8:前掲長・41頁.

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