水で薄めても「水色」にはならない。

まず、そもそも、「縹(はなだ)色」という藍色に近い色があった。んで、それを「水で薄めた」色を「水縹色」と呼んでいた。それが時代を経て「水色」と呼ばれるようになった。

所論は,「水色」とは,「水の色」のことではなく,「水で薄めた色」のことであるというのである。

しかしながら,藍染の濃淡は,染料の濃度を調整するのではなく,染め重ねる回数を調整することによって作り出すものであると聞く。

白生地を藍瓶に入れ,とりあげて生地に風を通すと黄緑の状態から再び酸化して青くなってくる。この工程をくり返すことにより,もっとも浅い瓶覗かめのぞきの段階から浅葱を経て,藍色やさらに濃い紺色になってくる。

(川崎秀昭ら編『日本伝統色 色名辞典』*1・51頁)

藍瓶に生地を浸し,取り出して空気に晒す。再び浸し,再び晒す。また浸し,また晒す。これを繰り返した回数によって,薄い青から濃い青までを染め上げることができるのである。

実際,山崎青樹『草木染 日本の色 百二十色』*2所載のレシピによれば,「浅縹」なら2回,「縹」なら4回,「紺」なら12回,白糸を藍瓶に浸すことになる*3

もっとも,原料を補充せずに同じ藍瓶を使用し続ければ,当然ながら染まる色は薄くなり*4,染料の濃度が,藍染の濃淡と無関係というわけではないようではある*5

とは言え,いずれにせよ,藍染で薄い色を作るにあたり,「水で薄める。」という発想はないと考えてよさそうである。

ここで話を複雑にすると,同じ藍草を用いるにせよ,実際に「水色」を染める場合,上記の「縹」や「紺」を染める手順とは,全く異なる方法を用いるのが通常のようである。

「縹」や「紺」を染める場合,藍草を発酵させ,灰汁で還元するなど「藍建」と呼ばれる工程を経た原料を使用する。この方法でも,「水色」を染めることは可能であるが,染料としての堅牢性に欠けてしまう*6

そこで,「水色」や「浅葱色」など薄い色については,藍草の「生葉」の絞り汁そのままを原料として染めるのが一般である。この方法でも,何度も染め重ねることにより,「縹」くらいまで濃くすることは可能である*7

また,藍草ではなく,「臭木」という植物の生葉の絞り汁を原料として,「水色」や「薄浅葱」を染める方法もあるとのことである*8

以上に照らすと,「水色」の「水」について,「水で薄めた」の意味であると考えることはできないであろう。「水のように薄い」と考える余地はあるかも知れないが,例えば,ピンクのことを「水赤色」などとは言わないのであるから難しい*9

そのほかの見解としては,「水浅葱」のことを「水で洗い晒したような淡い浅葱」とするコロナ・ブックス編集部編『京の色330』*10がある。しかし,染物なのであるから,水で洗ったからといって簡単に薄くなるものではないはずである。色落ちするまで使い古した状況を想定しなければならないとしたら,にわかに採用しがたい。

やはり,一般に理解されるように,「水色」とは「水の色」のことと考えるのが妥当である。『紫式部日記』の「大海の摺裳の,水のいろはなやかに」という文句は,「大海文様」という海の景色を描いた摺裳であったからこそ,「水のいろ」なのである*11
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*1:日本流行色協会(監修),川崎秀昭,出井文太(企画・編集)『日本伝統色 色名辞典』(日本色研事業株式会社)である。奥付には、「©1984」とあるが、その「刷」の発行日のみが記載されており、「初版第13刷」には、「平成9年5月1日」の発行と記載されている。なお、同書は、国立国会図書館の蔵書検索では探しきれなかった。

*2:山崎青樹『草木染 日本の色 百二十色』,美術出版社,1982.

*3:もちろん,ここに掲げた回数自体に意味があるのではない。染め重ねる回数が重要であるという趣旨である。

*4:山崎青樹『草木染・糸染の基本』〔改訂新版〕,美術出版社,1982,93頁左4行目以下.

*5:前掲『草木染 日本の色 百二十色』のレシピによれば,絹糸1キログラムを染めるに必要な藍草は,「浅縹」では150グラム,「縹」では300グラム,「紺」では900グラムであるとされる。濃く染めるには,それだけの原料が必要なのである。

*6:なお,前掲『草木染・糸染の基本』97頁によれば,藍建を用いて染められた「水色」は,「水色」と区別された「空色」になるとのことである。

*7:山崎青樹『草木染・木綿の染色』,美術出版社,1984,66頁以下.

*8:前掲『草木染 日本の色 百二十色』206頁,前掲『草木染・木綿の染色』66頁.

*9:ピンク系統の「水がき色(水柿色)」という色もあるが,これが「とき浅葱(鴇浅葱)」と同色とされていることからすると,「柿」=「鴇」,「水」=「浅葱」であると理解するのが妥当であろう。

*10:コロナ・ブックス編集部編『京の色330』,平凡社,2004.

*11:もちろん,海の景色だからといって,海の色である必要はない。

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