国籍法2条2号

国籍法2条2号は,日本国籍を有する父が子の出生前に死亡した場合,その子は日本国籍を取得することを定める。しかし,日本国籍を有する母が子の出生前に死亡した場合についての定めはなく,一見したところ,男女で不均衡にみえる。

(出生による国籍の取得)

第二条 子は、次の場合には、日本国民とする。

一 出生の時に父又は母が日本国民であるとき。

二 出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であつたとき。

三 日本で生まれた場合において、父母がともに知れないとき、又は国籍を有しないとき。

子の出生時,父又は母が日本国籍を有する場合,国籍法2条1号に基づき,その子は日本国籍を取得する。過去に日本国籍を有していた親であっても,その子の出生時に日本国籍を失っていれば,1号の適用はない。ところが,死者に国籍はないから,出生前に日本国籍を有する親が死亡してしまうと,その子は日本国籍を取得しないことになってしまう。2号は,その場合の補充規定である*1

条文を素直に読むと,日本国籍を有する父と外国籍を有する母との間の子であり,出生前に父が死亡した者は,日本国籍を取得するが,外国籍を有する父と日本国籍を有する母との間の子であり,出生前に母が死亡した者は,日本国籍を有しないことになるという不均衡が生じるかのようにみえる。

これに対して,「母が子の出生前に死亡するという事態はあり得ない。」という解答もあるかもしれない。しかし,母体の心停止後の出産事例というものも報告されているようであり,母が子の出生前に死亡したといえるような事態があり得ないと断じることは適当ではない*2。日本には,「子育て幽霊」という伝承もある*3

この問題について,国籍法の解説書をみると,母が子の出生前に死亡したといえるような事態があったとしても,子が生まれてしまった以上,国籍法上,その母は,子の出生時に生きていたものとみなされるということのようである。

わが国では,現在,脳死の議論にみられるように死の定義については流動的な状態である。そこで,国籍法のうえでは,子が生まれた以上,その母は出産時に生きていたものと解することにしたのである。国籍法二条二号が「出生前に死亡した父」と定めていて,「出生前に死亡した父又は母」としていないのは,右の解釈によるものである(細川・一四頁,黒木=細川・二八三頁)。

(江川英文・山田鐐一・早田芳郎『国籍法』〔第三版〕・法律学全集59−II・70頁)

結論としては妥当であろうが,同書の記述だけからは,そのように解釈する根拠は明確でない。同書が典拠とする「細川・一四頁」は,国籍法を父母両系主義に改めた昭和59年改正の際の立法担当者の解説であるが,以下のように説明している*4

新法二条二号は,現行法二条二号と同一である。現行法二条一号中の「父は」が「父又は母」に改められたことにより,二号中の「父」も同様に改めるべきかどうかも一応検討された。これは,母が死亡した後に子が出生することがあるかという問題で,「死」の定義如何にかかわる問題である。臓器移植の可否が問題となる場合に,死の定義として「脳死」概念が論議されているが,国籍法上も死を脳死と解すれば,母死亡後に子が出生することもありうることになる。しかし,現行法二条三号はこの出生時には母が常に生存しているとの前提を採用しており,新法下においてもこれを改める必要性はない考えられるので,現行法二条二号は改正されなかつた。

(細川清「改正国籍法の概要」『民事月報』39巻号外・12頁)

これを併せ読むと,現行国籍法において,「子が生まれた以上,その母は出産時に生きていたものと解する」根拠は,改正前国籍法が,「出生時には母が常に生存しているとの前提を採用して」いたことにあるということになる。

改正前国籍法2条の文言は以下のとおりであり,父系主義を原則とする以外の点は,現行法と同様である。父系主義なので,出生前に死亡した母の国籍が問題となるのは,父が無国籍等の場合(改正前3号)のみである。

(出生による国籍の取得)

第二条 子は、次の場合には、日本国民とする。

一 出生の時に父が日本国民であるとき。

二 出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であつたとき。

三 父が知れない場合又は国籍を有しない場合において,母が日本国民であるとき。

四 日本で生まれた場合において、父母がともに知れないとき、又は国籍を有しないとき。

改正前国籍法に関する田代有嗣『国籍法逐条解説』・91頁は,「事柄の性質上,子の出生前に母だけが死亡することはありえないから,子の出生前に父が死亡した場合に関する2号のような規定はおかれていない。」とする*5。これによると,改正前国籍法は,生の事実として,そのような事態があることを想定していなかっただけと思われる。

「事柄の性質上,子の出生前に母だけが死亡することはありえない」という理解のもと作られた条文を,「子が生まれた以上,その母は出産時に生きていたものと解する」のは,若干の飛躍である。しかし,国籍法改正時の担当者が,そのような理解のもと敢えて改正せず,結論としても不都合はないと考えられるから,ことさら異を唱える必要もないのであろう。

*1:後掲田代・171頁。

*2:医学的なことは詳らかでないので自信はないが,百瀬和夫・前田光士「妊婦の脳死をめぐる諸問題」『医学のあゆみ』127(9)・935頁によれば,母体死亡後の帝王切開によって,新生児が生存した事例の報告が175件あるとのことである。守田憲二氏のサイト内「死者の出産!死人が生まれる?」も参考となる。

*3:もっとも,仮死状態で埋葬された妊婦が一時的に蘇生したにすぎないということも考えられよう。

*4:前掲江川らは,「一四頁」とするが,次に引用するように,該当箇所は12頁のように思う。「黒木=細川・二八三頁」の方は,黒木忠正・細川清『外事法・国籍法』(現代行政法学全集17)・282頁であり,後掲細川と同様の記述である。なお,同書は,後掲細川の「一三頁、二一頁」を注記するが,同様に,該当箇所は12頁のように思う。

*5:ちなみに,同書は「出生の時」について,全部露出説を採用する(155頁)。

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