偽計による強姦

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問題の事例について、日本法の場合、準強姦罪(刑法178条2項)が適用される余地がある。準強姦罪は、「抗拒不能」に乗じるなどして姦淫した場合、強姦罪と同様に処罰するとするものであるが、「抗拒不能」には、被害者が「錯誤」「錯覚」に陥いったことを原因とする場合など、「心理的抗拒不能」も含むと解されているからである*1

判例の中には、被害者が夢うつつで相手方を誤信した場合はもちろん(仙台高判昭和32年4月18日高刑集10巻6号491頁)*4、完全に覚醒していたとしても誤認が継続する限り(広島高判昭和33年12月24日高刑集10巻10号701頁)*5準強姦罪が成立するとしたものがあり、最近の学説の多くは、この結論を支持しているようである*6

もちろん、錯誤に乗じた姦淫行為が、全て準強姦罪で擬律されるわけもなく、例えば、結婚すると騙して関係を結ぶような「結婚詐欺」の場合、準強姦罪には当たらないとされる。「抗拒不能」というには、「被害者の置かれた状況、行為者が作出した状況等を総合して、当該被害者に当該行為を承諾し、あるいは認容する以外の行為を期待し得ないと認められることを要」するというのである*7

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ところで、最近の有力な学説は、この点について、「法益関係的錯誤」という概念を援用する。準強姦罪法益は「性的自由」であり、「性的自由」においては「相手方が誰か」ということが重要であるから、この点に関する錯誤は「法益関係的錯誤」である。そして、「法益関係的錯誤」に基づく同意は無効であるから、「相手方が誰か」という点に関する錯誤に乗じた姦淫行為は、準強姦罪の適用を受けるというのである*8

しかし、「同意の有効性」を持ち出すのは、ミスリーディングであるように思う。例えば、暴行・傷害は、原則として違法であり、同意が違法性を阻却する事由となる。したがって、同意が錯誤により無効であるため、「同意がない暴行・脅迫」になるのであれば、それは違法である。これに対し、性行為は、性的自由との関係では原則として適法であり、暴行・脅迫を用いたとか(強姦罪)、抗拒不能に乗じたとか(準強姦罪)の構成要件を満たして初めて違法になる。性的自由の侵害について、同意が錯誤により無効であり、「同意がない性行為」であるというだけでは、刑法上の違法を基礎付けることはできないはずである*9

したがって、偽計によって準強姦罪が成立することについては、単に同意の有効無効をいうだけではなく、「被害者が法益関係的錯誤に陥った場合、錯誤により法益に対する侵害があること自体を認識することができないのであるから、その侵害に対して『抗拒』することが期待できず、準強姦罪の『抗拒不能』に当たるということができる。同意があることは、準強姦罪の違法性阻却事由となるはずであるが、その同意は、法益関係的錯誤により無効であるというべきであるから、この点も問題とならない。」と説明した方が適当であろう。

*1:山口厚『刑法各論』〔補訂版〕・109頁、中山研一『刑法各論』・133頁。

*2:Falk, Patricia J. "Rape by Fraud and Rape by Coercion." Brooklyn Law Review, 69, 1998, P34, P66-P70.

*3:65 Am.Jur.2d. Rape § 9. People v. McCoy, 58 Cal. App. 534 (3d Dist. 1922). ただし、当該事案において、弁護側は、事実認定を争うのみであり、法解釈を争っていない。なお、問題のカリフォルニア州法は、"a person submits under the belief that the person committing the act is the victim's spouse, and this belief is induced by any artifice, pretense, or concealment practiced by the accused, with intent to induce the belief"という状況でなされた姦淫をレイプと定義するものである(California Penal Code § 261(a)(5)。

*4:判例タイムズ87号25頁佐藤千速解説。なお、この種の事案で敢えて「夢うつつ」「半睡半醒」等に言及されるは、準強姦罪の「心神喪失」要件との関係が意識されているのかもしれない。

*5:判例時報176号594頁所収、判例タイムズ111号44頁小倉正富解説。ただし、判旨は、「犯人により当初より強姦の意思があり」、半睡半醒の「精神状態によつて陥つた重大な錯誤(自己の夫と間違えると云う)に乗じ婦女を姦淫した以上右性交の当時或いはその直前には被害者が睡眠により完全に覚醒していたとしても、なお被害者が犯人を自己の夫と誤認している状態の継続する限り」という云い方をしており、その趣旨は必ずしも明らかでない。

*6:前掲山口・109頁、西田典之『刑法各論』〔第4版〕・90頁、山中敬一『刑法各論?』・146頁、大コンメンタール刑法〔第二版〕・78頁(亀山継夫)。若干の疑問を呈するものとして、前掲中山・134頁。

*7:前掲大コンメンタール刑法・79頁(亀山継夫)。

*8:前掲山口・109頁、前掲西田・89頁、前掲山中・146頁。

*9:もちろん、性行為それ自体は有形力の行使であり、強姦罪の暴行には当たらないにしても、暴行罪の暴行に当たるということはできるのであろう。しかし、本件では、身体の安全に対する侵害については錯誤なく同意しているのであるから、暴行罪等の成立は問題とならない。なお、以上の議論は、強姦罪の暴行・脅迫要件について、伝統的な議論を前提にしたものであるが、同要件の意義については、立法論を含め、種々の議論があるところであり、例えば、「ジェンダーと刑罰論」(法律時報78巻3号)・54頁以下などが参考になる。

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