元号の変わり目(5)

第5元号法一世一元の制 − 平成

.平成改元の問題性

平成が,1989年1月8日午前0時からであることに異論はないと思われる*1。当時の首相談話も,「1月8日以降について用いられる」と明確である*2。他方,後述のとおり,政府は,平成改元以降も,一世一元の制は維持されているという立場である。そうすると,大正,昭和改元について,一世一元の制と新帝即位時説との論理必然的な結びつきを主張していた論者は,平成改元において,新帝即位時説が適用されない理由を説明する必要がある。

元号法の構造

平成改元の特徴は,元号法に基づく改元が行われた点にあるから,最初に,元号法の構造を確認する必要がある。しかし,元号法の条文をみても,「元号は、政令で定める。」,「元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。」とあるだけで,いつの時点から新元号が適用されるのか,明示されていない。

そこで,当時の国会審議をみると,三原朝雄総理府総務長官の「新元号の名称と,いつからその新しい名称に変わるかというその時期と,二点を政令で定めるわけでございます。」*3とか,真田秀夫内閣法制局長官の「新元号がいつから実施されるかというのは,実は第一項の『政令で定める。』と書いている,この政令の施行の日をいつ決めるかと,いつにするかという問題」*4といった答弁をみつけることができる。そうすると,新元号の適用時期を決定する権限についても,政令に授権されており,具体的には,政令の施行日が,新元号の適用時期になることが予定されていると解釈するのが相当ということになろう。

そして,政令の施行日を定めるに当たっては,「なるべく速やかに決めるのだが」,先帝崩御の翌年正月1日から新元号を用いるとする「踰年改元ができないというふうにきめつけるというようなものではない」(真田内閣法制局長官)とされる*5。すなわち,元号法は,天皇の在位期間と元号の適用期間が一致しないことを容認し,予定している。

他方,元号法の下において,新元号の適用時期を新帝即位時まで遡及させ,天皇の在位期間と元号の適用期間が一致させることが可能であろうか。法理上,不可能ではないと思われるが*6,前述のとおり,政府は,そのようなことは予定していなかったようであり,国会審議においても,大きな問題とはされていない*7。そうすると,元号法は,一世一元の制を廃したのであろうか。

一世一元の制との関係

現行の元号法は,「元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。」という定め方をしており,「一世一元」という文言を用いていない。現行元号法に先立ち,昭和21年閣議決定され,GHQの意向によって撤回された元号法案があったのであるが,同法案は,「一世の間、これを改めない。」という定め方をしていた*8。この相違を重視すると,現行元号法は,一世一元の制を否定したものであると解釈することもできそうである。

しかし,同じく国会審議によれば,現行元号法も「実質は一世一元で」あり,皇室典範が,三親等の意味で「三世」という言葉を用いている関係で,「それとよく似た文句を違った意味、内容で用いることは適当ではなかろうというような判断から、今回の案をつくりました際に『一世』という言葉を特に避けた」(真田内閣法制局長官*9にすぎないというのである。憲法論を避けるのであれば,一世一元であることを強調する理由はなさそうなところ,政府は,敢えて一世一元であることを繰り返し答弁しており,元号法が,一世一元の制を定めたものであることを否定するのは困難であろう。

このように,元号法の成立により,政府が,一世一元の制とは,天皇の在位期間と元号の適用期間との完全な一致を意味しないという立場をとっていることが明らかにされた。そして,清水汪内閣官房内閣審議室長兼内閣総理大臣官房審議室長は,この点を敷衍して,「一世一元ということは、つまり天皇の代がかわることを一つの契機として元号が改められるということを意味する」*10と答弁する。

この政府見解は,かつてが,新帝即位時説を批判し,「一世一元といふ事は云ひ換へれば改元は一度、一代中に再び改元をしないと云ふ事」*11にすぎないと喝破したのと同じ理解である。これに反し,大正,昭和改元について,新帝即位時説の採用を主張するのであれば,この点の整合性を説明する必要がある。

私見

もちろん,新帝即位時説の立場から反論することは可能である。例えば,明治政府の定めた一世一元の制元号法の定める一世一元の制とは,異なる概念であるとか,元号法に関する政府答弁は,一世一元の制の理解を誤ったものであるとか,いくらでも整合性をつけることはできる。しかし,分が悪いことは否めないように思う。
続く

*1:例えば,戸籍事務について,昭和64年1月7日法務省民第2第20号民事局長通達は,新元号施行の日(1月8日)以降に生じた事由について新元号を用いるとする。

*2:内閣総理大臣竹下登)談話「新しい元号『平成』について」(朝日新聞昭和64年1月7日夕刊・1頁,ジュリスト928号・112頁)。

*3:第87回国会・衆議院本会議・昭和54年4月27日・会議録第13号。

*4:第87回国会・参議院内閣委員会・昭和54年5月29日・会議録第12号。

*5:第87回国会・参議院内閣委員会・昭和54年5月29日・会議録第12号。

*6:元号の適用時期を新帝即位時まで遡及させる旨,政令に明記することが禁止されているようには思えない。

*7:この点に関連する質問としては,衆議院内閣委員会(会議録第6号)における鈴切康雄議員の質問(「遡及方式」に軽く言及),参議院内閣委員会,地方行政委員会,法務委員会,文教委員会連合審査会(会議録第1号)における円山雅也議員の質問(皇位継承時に遡及させる方法に言及)がある。

*8:ジュリスト928号・114頁。

*9:第87回国会・衆議院内閣委員会・昭和54年4月10日・会議録第10号。

*10:第87回国会・参議院内閣委員会・昭和54年5月29日・会議録第12号。

*11:芝葛盛『皇室制度』(岩波講座日本歴史・第10)・16頁

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