血統主義と日本国籍

(出生による国籍の取得)

第二条 子は、次の場合には、日本国民とする。

一 出生の時に父又は母が日本国民であるとき。

二 出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であつたとき。

三 日本で生まれた場合において、父母がともに知れないとき、又は国籍を有しないとき。

(国籍法〔昭和25年法律第147号〕)

私は,国籍法2条1号の「血統主義」によって日本国籍を有するはずである。しかし,そのことを主張するには,私は,私の父又は母*1が日本国民であることを証明せねばならない。そして,私の父又は母が,同様に,血統主義によって日本国民であるとすると,私は,私の祖父母が日本国民であることを証明せねばならない。

このことは,訴訟法上,語の本来の意味における「悪魔の証明」となることばかりか,実体法上,日本国民の定義に不備があるということに気づかせる事実である。なぜなら,先祖を遡って伊藤博文に行き着こうが,徳川慶喜に行き着こうが,彼らが日本国民であることの根拠となる明文の法規はないからである。この問題は,血統主義一般のアポリアでもある*2

実のところ,私の両親は,現行国籍法が施行された昭和25年7月1日以前の生まれであるから,現行国籍法に基づき「日本国民」である者ではなく,旧国籍法(明治32年法律66号)に基づき「日本人」であるはずの者である。したがって,まず,旧国籍法に基づく「日本人」が,現行国籍法にいう「日本国民」に含まれることをいわねばならないのであるが,そのことを示す明文の規定はない。しかし,現行国籍法の解釈として,そうであると解しない理由もないので,この点はクリアしたものとしてよいであろう*3

第一条 子ハ出生ノ時其父カ日本人ナルトキハ之ヲ日本人トス其出生前ニ死亡シタル父カ死亡ノ時日本人ナリシトキ亦同シ

(旧国籍法〔明治32年法律66号〕)

そして,旧国籍法は,現行国籍法と同様,血統主義を原則としていた。したがって,私の両親が「日本人」であることをいうには,私の両親の父が,「日本人」であることを示さねばならない。したがって,今度は,私の両親の父の父が,「日本人」であることを示せばよいのであるが,私の両親の父の父は,旧国籍法施行前の世代になるから,いかなる根拠を示せば「日本人」となるのか定かでない*4

明治政府が,旧国籍法施行以前から,法律概念として,「日本人」と「外国人」とを区別していたことは,明治6年布告103号が,「日本人外国人卜婚嫁セソトスル者ハ日本政府ノ允許ヲ受クヘシ」(1項)などとしていたこと,旧戸籍法(明治31年法律12号)が,「日本ノ国籍ヲ有セサル者ハ本籍ヲ定ムルコトヲ得ス」(170条2項)としていたことなどから明らかである。しかし,その区別の基準を示す明文の法令はなく,その区別は,「条理」によるといわざるを得ない*5

その区別の基準はともかく,区別の結果として,明治4年4月4日太政官布告に基づく『壬申戸籍』というものがある。『壬申戸籍』は,政府が「保護スヘキ」(前文),「臣民一般」(第1則)を記載したものであるから,これに記載された者は,一応,当時の政府が,「日本人」として把握した者であるということができる*6。しかし,戸籍の記載自体は反証を許すものであり*7,『壬申戸籍』に記載されたからといって,本来,「外国人」であるべき者が,「日本人」になるものではない*8

諸外国のなかには,血統主義をとりながら,例えば,エジプト国籍法〔1950年9月13日法律160号〕のように,「1848年1月1日以前において,エジプト領土内に住所を有し,かつ,1929年3月10日まで引き続き同領土内に居所を有した者で外国の国民でない者」(1条)を,いわば「元祖国民」として定義するものもある*9。これに対し,日本の場合,いわゆる鎖国政策をとっていたこともあってか*10,何となく,日本人を「日本人」と決めてしまって,特段の問題はなかったということであろう*11

以上のとおり,私が,血統主義により日本国籍を有するか否か,意外と曖昧である。私が日本国で出生したことは確かであるから,両親の国籍が定かでないとして,国籍法2条3号の「出生地主義」によって日本国籍を取得することはできるのであろうが*12,法の予定するところではないであろう。法律というものが,ゼロから制度を作り上げるものというより,必要な部分を必要な限度で規定していくものであるため,理論的には根本的な部分が抜けている場合が少なくないという一例である。

*1:私の場合,正確には,母のみが日本国民であったときは,昭和59年法律第45号による改正附則5条1項による届出が必要である。

*2:田代有嗣『国籍法逐条解説』・51頁,奥田安弘『家族と国籍〔補訂版〕』・15頁。なお,明治32年の山口弘一述『国籍法講義』は,血統主義一般について,このような「国家成立ノ大問題」が生じることを指摘しながら,「實際ニ於テハ左程困難ヲ生セサル」とする(103頁~104頁)。

*3:田代有嗣『国籍法逐条解説』・53頁は、この解釈を「単なる国籍法の改正により従前日本人たりし者の日本国籍が喪失させられるとすることは条理上到底考えられないし、このことを換言すればもしかりに単なる国籍法の改正により従前日本人の日本国籍が喪失させられるとすれば、まさに日本国籍の剥奪にほかならないがこのようなことは許されないと考えられるからである。」と理由づける。

*4:なお,旧国籍法にいう「日本人」が,旧国籍法施行以前の「日本人」を含むことは,現行国籍法についてと同様である(田代有嗣『国籍法逐条解説』・54頁。)

*5:田代有嗣『国籍法逐条解説』・54頁。なお,日韓併合後の朝鮮人について,日本の国籍法の適用はなく,条理と慣習によっていたようである(江川英文ら『国籍法〔新版〕』・191頁注)。

*6:田代有嗣『国籍法逐条解説』・64頁。奥田安弘『家族と国籍〔補訂版〕』・16頁。なお,明治4年7月の神奈川県上申は,「外国人」に雇われる「内国人」の戸籍取調に関するものであり,『壬申戸籍』が,「外国人」ではなく,「内国人」についてのものであることを示す(太政類典第1編第79巻第11)。

*7:田代有嗣『国籍法逐条解説』・7頁。

*8:奥田安弘『家族と国籍〔補訂版〕』・17頁。

*9:田代有嗣『国籍法逐条解説』・64頁。奥田安弘『家族と国籍〔補訂版〕』・16頁。

*10:田代有嗣『国籍法逐条解説』・55頁。

*11:もちろん,政府の側からみて「問題」がないということであって,日本国籍を付与された側が,それを不満に思ったかは別論である。

*12:旧国籍法4条にも同旨の規定があり,実際には,私の祖父や曾祖父が,同条の適用を受けることになろう。また,私の両親等が,何らかの事由により外国籍を取得する要件を備えていたら,この抜け道は使えないことには注意が必要である。

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