近ごろの若いもん・エジプト編⑶

また、フランス語版の「今どきの若いもんは…」としては、以下のようなものがネット上に流布しており、具体的な典拠に言及している点で注目される。この文句は、青少年問題を扱ったフランスの書籍であるMartine『Ces ados qu'on aime*1にも、その一部が引用されているようであるが、確認はとれていない。

“C'est la décadence, les enfants n'obéissent plus, le langage s'abîme, les mœurs s'avachissent. Puisse venir le jour où l'humanité coupable finira, où les enfants ne naîtront plus, où tout bruit cessera sur la terre, où il n'y aura plus à lutter contre toutes les nuisances.” — Ipuwer de Gizeh. Sage de l'Égypte pharaonique, 3000 ans avant l'ère chrétienne. Cité par Polybe, historien grec vivant vers 200-120 ans avant Jésus.-Christ*2
(参考訳)今は衰退の時代だ。子供たちはもはや素直でなく、言語は破損し、風俗はたるんでいる。罪深い人類が死に絶える日、もはや子供たちが生まれない日、地上のすべての騒音がやむ日、もはやすべての不快なものと戦わなくてよい日が来るだろう。―ギザのイプエル。紀元前3000年代、エジプトのファラオ時代の賢人。紀元前200年から120年代に生きたギリシャの歴史家ポリュビオスによる引用(

これによると、この文句の典拠は、古代ギリシャの歴史家「Polybe」が、古代エジプトの「Ipuwer」の文句を引用したところにあることになる。この点、ポリュビオス(希 Πολύβιος, 羅 Polybius, 仏 Polybe)は、紀元前204年ころから同125年ころに実在した歴史家であり、プトレマイオス朝期のエジプトにも滞在したことがある者であるから、古代エジプトの文句を引用することがなかったとはいえない。しかし、少なくとも、ポリュビオスの主著『Historiae』のフランス語訳*3には、そのような文句は存在しないようであり、その外にも、そのような引用があったことを窺わせる資料は見つからない。

他方、イプエル(Ipuwer)という名前は、オランダのライデン博物館が所蔵する有名なパピルスPapyrus Leiden I 344)の筆者の名前として知られる。このパピルスは、サッカラ付近で発見されたとされる写本であり*4、原本の成立年代は、紀元前23世紀から同21世紀、あるいは紀元前18世紀から同17世紀であるといわれている*5。その内容は、以下の引用に見られるように、現状の社会に対する慨嘆に満ちており、いかにも「近頃の若い者は…」という文言が出てきそうなものである。

  • 若者よ、なんとおまえはうぬぼれていることか、おまえはわたしが話すとき、聞こうともしない。パピルス・ランシング*6

しかし、邦訳*7で確認する限り、「近頃の若い者は…」に相当するような文句は存在しない。もちろん、上記ライデン博物館のパピルスとは別にイプエルの文章が存在し、それをポリュビオスが引用しているということも考えられる。しかし、そうであれば、上記パピルスの解題等において、その点に対する言及がありそうなところ、管見する限り、そのような言及は見つからない。*8。以上によれば、フランス語版「今どきの若いもんは…」についても、現時点においては、その典拠が本当に存在するか疑わしいといわざるを得ない。
続く

*1:Bovay, Martine, Ces ados qu'on aime: difficultés et richesses de l'adolescence, Septembre éditeur, 2004.

*2:BLADI.NETのフォーラム「Génération Con」におけるmarochleuh氏の発言(2007年6月5日23時49分)による。

*3:Polybius, Les histoires de Polybe. Avec les fragmens ov extraits dv mesme avthevr, contenant la pluspart des Ambassades., tr. Pierre du Ryer, T. Jolly et S. Benard, 1669-1670.

*4:Velikovsky, Immanuel, Ages in Chaos - From the Exodus to King Akhnaton, Vol. I, READ BOOKS, 2007, P23.

*5:杉勇ほか訳『古代オリエント集』(筑摩世界文學大系1),筑摩書房,昭和53年,450頁。

*6:Papyrus Lansing, Buritish Museum, P.BM 9994. 訳文は、杉勇ほか訳「古代オリエント集」(筑摩世界文學大系1)・646頁による。同書は、同訳文部分の出典として、A. Gardiner, R. A. Caminos, Late Egyptian Miscellanies, London, 1945を掲げるのみでが、Miriam Lichtheim, Ancient Egyptian Literature, Vol.2, University of California Press, 1973, p168により、出典を確認した。

*7:杉勇ほか訳『古代オリエント集』(筑摩世界文學大系1),筑摩書房,昭和53年,450頁以下。

*8:実際、ネット上のサイトの中には、上記フランス語版の「今どきの若いもんは…」を紹介するに当たり、上記ライデン博物館所蔵のパピルスの写真を載せるものがあり(外部リンク1)、両者は同一のものであると考えられているようである。

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