ドイツ連邦共和国基本法の改正経過🄐:序説

ドイツの憲法に当たる「ドイツ連邦共和国基本法」(Grundgesetz für die Bundesrepublik Deutschland)は1949年5月23日の制定以来,2014年12月23日の「基本法改正法(第91b条)」(Bgbl. I 2014 S. 2438)まで,合計60回の改正を重ねている。このような高頻度の憲法改正は,他国にも例があることとはいえ*1ドイツ国内の法律教授からも説明を要する現象と意識されているようであり*2ドイツ基本法の目立った特徴であるといえる。それでは,そのような特徴がもたらされた要因はどこにあるのであろうか。

最初に気が付くのは,基本法の改正が,両院の3分の2の議決のみでなり,国民投票を要しないことである*3。そのため,改正の手続的コストが低いということはできよう。しかし,実際上,両院の3分の2を確保するには,左右の二大政党の双方が同意する必要があるのが通常である*4。また,上院に相当する「連邦参議院」は,各「州政府」の代表機関であるため*5,各州の政権党の意向の外,連邦政府と州政府という対立軸の調整も必要になる*6

次に,連邦と州との関係に着目すると,連邦の権限が基本法に限定列挙されるため,改正の必要が生じやすいということは考えられる。実際,全60回の改正のうち,連邦制度に関わる改正は半数を占める。しかし,結論を断ずるには,同様に連邦制度を採る国との比較が必要があろう。例えば,米国は,州際通商条項の解釈論によって連邦の権限を拡大したことが知られる*7,ドイツでも,「事物の関連」「事物の本性」という伝統的法理によって連邦の不文の権限を認めることが可能である *8

そもそも,このようなことを論じるには,少なくとも,個々の改正の目的及び意義,必要性や重要性について,ドイツの法制度,法解釈の文脈に照らして正確に把握する必要があるが,個々の改正事例を網羅的に解説する適当な邦語文献は見当たらない*9。そこで,ドイツ連邦共和国基本法の第1次から第60次までの改正経過について,それぞれの改正の意義や必要性といった側面に重点を置き,ここに逐次的な整理を試みることとする。

目次

*1:例えば,ブラジル1988年憲法は,1994年修正条項(ECR)を除いても,2015年9月15日の改正(DOU 16.9.2015)まで,90回の改正を経ている。また,スイス1874年憲法は,1999年に全面改正されるまで,年1回程度の頻度で部分改正され(小林武「ヨーロッパにおけるスイス新連邦憲法の誕生の意義:管見」,南山大学ヨーロッパ研究センター報6号45頁,2003年3月25日,47頁),その後も相当回数の改正がされている。メキシコ1917年憲法の改正回数も多いことで知られるが(1978年〜2007年:92回),改正回数と被改正条文数を混同しているように思われる情報もみられる。

*2:2001年9月に実施された参議院の海外派遣特定事項調査において,フンボルト大学のミヒャエル・クレプファー(Michael Kloepfer)教授は,「改正が48回も必要であったかと言われると,数字だけ見れば私も疑問に思う。」と述べている(参議院憲法調査会「参議院憲法調査会における海外派遣調査の概要」,平成17年4月,151頁)。

*3:基本法は,基本法を改正することを規定する「法律」によって改正されるが(基本法79条1項1文),「このような法律は,連邦議会構成員の3分の2及び連邦参議院の票決数の3分の2の同意を必要とする」(同条2項)。

*4:1954年の基本法第4次改正は,右派のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)が,他の連立与党とともに,左派の社会民主党(SPD)の反対を押し切って成立させたが,1957年の第3議会以後は,CDU/CSUとSPDの双方が,3分の1以上3分の2未満の議席を確保しており,党が割れない限り,双方の同意がなければ,基本法改正は不可能であった。近年,緑の党(同盟90)や左翼党など新たな左派が台頭したため,相対的にSPDの地位が低下し,2009年の第17議会以後,SPDの議席は3分の1を下回るようになったが,当面,少なくともCDU/CSUが左翼党と連携することはなさそうである(Vgl.Der Bundewahlliters (Hrsg.), Ergebnisse früherer Bundestagswahlen. Stand: 3. August 2015)。

*5:連邦参議院の議員は,各州政府が,各州政府の構成員(首相,大臣など)の中から任命するものであり(基本法51条1項),委員会審査は,「受託者」として,各州の官僚が出席する場合が多い(三輪和宏「諸外国の上院の選挙制度・任命制度」,国立国会図書館調査及び立法考査局・調査資料2009−1−a,2009年12月,33頁)。各州には人口を加味した一定の票決権が割り当てられるが(同条2項),これは一括して行使されるから(同条3項),個々の議員ではなく,州政府の意思が表明されることになる。

*6:いわば恒常的に両院に「ねじれ」が生じるわけであるが,ドイツにておいて,そのこと自体は否定的に理解されていない(森英樹「「戦う安全国家」と個人の尊厳 」,ジュリスト1356号57頁,2008年5月1日,59頁・注4)。

*7:州際通商条項(合衆国憲法1編8節3項)は,各州間の通商規制について,連邦議会の立法権を付与するものであるが,「州際通商」の範囲は,「早い時期から拡張解釈され」,さらには,「1937年に始まる一連の判例変更」によっって,従前の解釈が拡張され,例えば,通常,州境を超えて取引される商品を生産する工場の労働者の最低賃金は,この条項に基づき連邦議会の立法権限に含まれる(interstate commerce/田中英夫[編集代表]『英米法辞典』,1991年5月10日,466頁)。

*8:ワイマール期の国法学は,「事物の関連」,及び,「事物の本性」に基づき,ライヒの「不文の権限」を導く解釈論を展開していた(廣澤民生「判批」,ドイツの憲法判例[第2版]・362頁,2003年12月25日,366頁)。「事物の関連」とは、連邦の立法事項を規律する上で,同時に立法対象としないと有意味な規律を行い別の事項をいい,「事物の本性」とは,連邦のワッペンや国家機関の所在地のように,明文はないが,連邦によってのみ規律するしかない事項をいう(服部高宏「連邦法律の制定と州の関与」,法学論叢160巻3・4号134頁,2007年)。連邦憲法裁判所は,基本法の下において,これらの理論を適用には慎重であるとされるが(前掲廣澤・366頁),例えば,社会保険分担金の合憲性が問題となった事案において(BverGE 75, 108),基本法74条1項12号の「社会保険」という語は,「事物の本性」からして社会保険として現れるすべてのものを含む「憲法上の類概念」として理解されるべきであるとして,これを広く解している(倉田原志「判批」,ドイツの憲法判例Ⅱ[第2版]・412頁,2006年5月20日413頁,416頁)。

*9:山岡規雄・元尾竜一「諸外国における戦後の憲法改正【第4版】」(調査と情報824号,2014年4月24日)・6頁以下が第59次改正までをフォローするが,「改正項目の一覧表」という程度の内容であり,各改正の憲法上の意義を把握することができるものではない。**追補:2017年1月10日の第5版(調査と情報932号)が,第60次改正を追加した。

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