緋袴と濃袴⑶

.考察と結論

4−1.既婚未婚で区別する意味

それでは,緋袴(紅袴)と濃袴の区別につき,以上のような諸説が併存する中,既婚未婚で区別する説については,これをどのように位置付けるべきであろうか。

この点,既婚未婚で区別する説の提唱者である八束清貫の『装束の知識と著法』の中に,示唆的な記述がある。

この色目の濃と紅の使用の限界に三説がある。第一説は・・・二十八歳までが濃で、二十九歳より紅とするのである。第二説は分娩を以て限界とし、第三説は、結婚を以てその限界とするものである。以上限界線を年齢、分娩、結婚の内に求むれば、私は、現今に於いては、最後の結婚を以てその限界とするを最も至当なり信とずる。

(八束清貫『装束の知識と著法』第2版・131頁*1

ここでは,既婚未婚で区別する見解が,28歳という年齢をメルクマールとする見解と同種並列的に取り扱われている。すなわち,両説の根底には「若年者は濃袴,非若年者は緋袴(紅袴)」という共通の発想があり,その具体的な基準として,28歳という数字を持ってくるか,結婚といった通過儀礼を持ってくるかという違いがあるに過ぎないと思われるのである。

したがって,既婚未婚で区別する見解は,年齢等をメルクマールとする見解の一種として唱えられているものであり,例えば「処女性」などに特別な意味が見いだされているわけではないことになる*2

実際,八束清貫も,既婚未婚による区別を採用する理由として,「現今に於いては」とする。これは,現代において,若年者と非若年者を区別するとしたら,既婚未婚による区別が,明確であり,穏当であり,便宜であるという意味であろう。

4−2.総括

女性の袴の色について,「未婚者は緋色(紅色),既婚者は濃色」と区別する見解は,諸説の中のひとつに過ぎない。

そして,平安・鎌倉期の実例を調べてみても,この区別が明確に意識されていたことを示す記述は見いだせず,むしろ反例が少なくない。

また,既婚未婚を基準にする場合があったとしても,それは若年と非若年を区別するひとつのメルクマールに過ぎず,それを超える何か特別な意味があるわけではないと考えられる。(了)

*1:装束の知識と著法 / 八束清貫. -- 文信社, 1962,131頁

*2:ただし,前近代の女性の成人儀礼は,結婚を前提として,それと直結している場合が少なくなかったことには注意が必要かもしれない。

*3:八條忠基『素晴らしい装束の世界−いまに生きる千年のファッション−』,誠文堂新光社,2005・11.

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