近ごろの若いもん・エジプト編⑴
「最近の若いやつは…」という老人の繰り言に対して、「その台詞はエジプトの昔から言われてきた。」と応じるのは定番であろう*1。そして、その台詞が、本当にエジプトの昔から言われていたのか判然としないことも、しばしば指摘されることである。
これと同旨のものとして,「アッシリアのなんたらには」とか,「ギリシアのなんたらには」というパターンもあるようであるが,ここで,「エジプトのなんたらには」というものに限って調べてみることにすると,英語圏では、以下の系統のものが有名らしいことがわかる*2。
- “We live in a decadent age. The young no longer respect their parents. They are rude and impatient. They inhabit taverns and have no self-control.” - Inscription on a 6000 year old Egyptian tomb *3()
- “Today's young people no longer respect their parents. They are rude and impatient. They have no self-control.” - Hieroglyphic translated from Egyptian tomb (circa 4000 B.C.)*4()
- 「我々は退廃の時代に生きている。若者は、もはや両親を尊敬しない。彼らは粗野で短気だ。彼らは居酒屋にたむろし、自制を知らない。」 … 6000年前のエジプトの墓碑()
- 「今日の若者は、もはや両親を尊敬しない。彼らは粗野で短気だ。彼らは自制を知らない。」 … エジプトの墓から翻訳されたヒエログリフ(紀元前4000年ころ)()
しかし、実際に上記の碑文等が存在したかは、はなはだ疑わしいといわざるを得ない。なぜなら、文字としてのヒエログリフは、紀元前3500年ころに遡るのがせいぜいであり*5、それが簡単にせよ文章の体をなすようになったのは、さらに数百年ほど遅れるからである。6000年前のエジプトに、上記の引用句を記した碑文等が存在するはずもないのである。
他方、上記と同様の引用句について、それを4000年前のもの*6、あるいは3000年前のもの*7として紹介するヴァージョンもあり、これに従えば年代の矛盾はないことになる。しかし、6000年前、4000年前、3000年前という3つのヴァージョンがあるということ自体、その内容の信憑性を疑わせる事情である。3000年前、4000年前とするヴァージョンは、6000年前とするヴァージョンをもとに、単に年代の矛盾を取り繕うため捏造されたものにすぎないのではないかとさえ考えられるのである。
いずれにせよ、単に、エジプトの墓から発見された何千年前のヒエログリフというだけでは、その存在を確認することができず、典拠不明と異ならないといわざるを得ない。
(続く)
*1:たとえば適当に探しても,加藤諦三『「大人になりきれない人」の心理』・65頁,江口克彦『ほんとうの生き方』・45頁,大塚寿ら『伝わる化 コミュニケーションを征する者がビジネスを征す』・1頁,下村澄『人間の品格 安岡正篤先生に学ぶ』・112頁などを指摘することができる。
*2:Google Bookで初出を探すと、『The Defender』という書籍が1941年の発行としてヒットする。しかし、同書は、キリスト教系の団体が発行していた雑誌のようであり、実際の発行年はよくわからない。次に古いのは、Richard Buckminster Fuller et al.による『I seem to be a verb』(1970年)の51頁であり、ネット上では同書を典拠として挙げるものが多いようである。
*3:Zera, Richard S., Business Wit & Wisdom, Beard Books, 2005, p21.
*4:Kick, Fran, What Makes Kids Kick, Instruction+DesignConcepts, 2005, P22.
*5:イアン・ショー,近藤二郎(訳),河合望(訳)『古代エジプト』,岩波書店,2007年,86頁.
*6:Reagen, Michael V., et al., Readings on Drug Education, Scarecrow Press, 1972, p.210.
*7:Sharra, Ann L., Teens, Buy book on the web, 2002, p.163.