近ごろの若いもん・エジプト編⑹
これまで述べてきたところによれば、「近頃の若い者は…」という愚痴が、古代エジプトの時代からあった常套句であるという言説について、以下の点を指摘することができよう。
- この言説は、日本語の文献等のみならず、英語*1やフランス語.*2の文献等でも確認することができる。しかし、それら各文献等が引用する「近頃の若い者は…」の具体的文句は、必ずしも一致しない。
- これらの言説のなかには、存在しないことが明らかな「6000年前のヒエログリフ」に言及するものがある*3。また、同様の引用句について、3000年前とする説*4、4000年前とする説*5、6000年前*6とする説が並立する場合もある。
- これらの言説のなかには、具体的な典拠として、エジプトのカイロ博物館*7、古代ギリシャのポリュビオス*8、古代エジプトのイプエル*9に言及するものがある。しかし、いずれも確認することができない。
- 日本における初出は、柳田国男の「昔風と当世風」と題する講演(昭和2年)のようであり、アーキバルド・ヘンリー・セイス教授からの伝聞として、中期王朝の書記によるメモの存在が言及される*10。
- 吉村作治教授は、その著作において、古代エジプトの教訓文学を紹介するに際し、「今どきの若いもんは」と愚痴をこぼしているものもあるとする*11。しかし、その具体的な典拠、文言等には触れていない。
- 松村弥氏は、その著作において、古代エジプト人の「今時の若い者は」という「嘆息」を紹介する*12。しかし、その内容は、単なる若者に対する訓戒であって、ここで問題とする「近頃の若い者は…」とは異なる。
これらの事情からすれば、古代エジプト人の「近頃の若い者は…」という愚痴が遺っているか否かについて、とりあえず消極の立場を取らざるを得ないであろう。吉村教授の指摘が気になるところであるが、その実際の内容は、松村氏が紹介する程度のもにすぎない可能性が高い。
実際のところ、私は、古代エジプト人が、「近頃の若い者は…」という愚痴を述べていたとしても驚かない。しかし、そのことは、現代の老人による「近頃の若い者は…」という批判の価値を、当然には減殺しない。なぜなら、古代エジプト王朝は、いずれにせよ滅びてしまったからである。
その批判の後、当該王朝が興隆したのであれば、ある意味で、的外れな批判であったということはできようが、衰退したのであれば、的確な警告であったということにもなるのであり、現代の老人による「近頃の若い者は…」という批判も、そのような場合に当たらないとは限らない。
とはいえ、私の興味は、そのような点にはない。私の関心は、そのような言葉を古代エジプト人が遺しているというペダントリーにある。そして、そこで私が求めるのは、典拠の有無にあるところ、本件において、そのような典拠を示すものはないといわざるを得ない。そのこと自体、またひとつのペダントリーである。
(了)*13
*1:e.g. Fuller, Richard B., et al.I seem to be a verb, Bantam Books, c1970, p192, Jarvis, F. Washington, With Love and Prayers, David R. Godine Publisher, 2003, p.325.
*2:BLADI.NETのフォーラム「Génération Con」におけるmarochleuh氏の発言(2007年6月5日23時49分)より。
*3:e.g. Fuller, Richard B., et al.I seem to be a verb, Bantam Books, c1970, p192, Jarvis, F. Washington, With Love and Prayers, David R. Godine Publisher, 2003, p.325.
*4:Sharra, Ann L., Teens, Buy book on the web, 2002, p.163.
*5:Reagen, Michael V., et al., Readings on Drug Education, Scarecrow Press, 1972, p.210.
*6:Zera, Richard S., Business Wit & Wisdom, Beard Books, 2005, p21..
*7:Jarvis, F. Washington, With Love and Prayers, David R. Godine Publisher, 2003, p.325.
*8:BLADI.NETのフォーラム「Génération Con」におけるmarochleuh氏の発言(2007年6月5日23時49分)より。
*9:BLADI.NETのフォーラム「Génération Con」におけるmarochleuh氏の発言(2007年6月5日23時49分)より。
*10:『柳田國男全集』第9巻(筑摩書房)・445頁所収。同書・676頁以下参照。
*11:吉村作治『古代エジプトの“人生"の遺産』(プレイブックスインテリジェンス),青春出版社,2002.5,136頁。
*12:松本弥『物語古代エジプト人』(文春新書),文芸春秋,2000年3月,170〜171頁。
*13:現在のところ、エジプト編以外について執筆する予定はない。